彼方の蒼

   ◇   ◇   ◇ 

 そんなある日、突然、石黒が倉井先生と結婚すると言った。
 結婚するしないってことよりも、今このタイミングで公にしたことがひっかかった。
 倉井先生は受験生の担任で、しかも今は2月。
 誰しも神経過敏な時期だというのに、石黒のヤツはいったいなにを考えているのか。

 けれど、倉井先生が動揺するのがわかってて、それでも行動を起こしたんだから、それ相応の理由があるんだろう。
 女子は倉井先生の元へ、男子は石黒の所へ詰め寄り、別々のルートから納得のいく答えを求めた。

 もっとも僕は、相手が石黒ならどんな答えであっても信用しない。
 この間の口論の腹いせに決まっている。
 そのことが念頭にあったから、石黒に直接接触せずに、他のみんなが持ち帰る情報を待った。

 二人の結婚を後押ししたのは、どういうわけか、うちのクラスの委員長だったらしい。
 それも、どうせ結婚するんなら、陰でこそこそと話を進められるよりは、自分達の在学中にはっきりと決めてもらったほうが、お祝いできていいじゃないか——と言ったとか言わないとか。


「やってくれるぜ、井上健一郎。おまえの言葉は3年全部の意志じゃねえよ」
 カンちゃんはだいぶ立腹している。
 そうかと思いきや、僕をしみじみと眺めてみるなど、情緒不安定気味だ。
 受験ストレスなのか、元来の心配性なのか、やれやれ気忙しい人です。

「ハルはなんでそんなに落ち着いてるんだ? 顔色ひとつ変えずに。諦めてないんだろ? なのにどうしてそんな、静かにしていられるんだよ」

「そうだよな。慌てなきゃいけないんだろうな」

「だろうな、って、おまえ……」

「人が動いたからって、それにいちいちつきあって、なんになる? 僕は振り回されたくない。いつも変わらずに倉井先生一筋でいたい」

「カッコつけんのもいいけど、今回ばかりは時間ねえよ。どうすんだよ?」


 その日の放課後、倉井先生をようやく掴まえることができた。

「ぴんと来ないんだよね」

 聞こえなかったはずはないだろうけれど、倉井先生は職員室から出てきたそのままの早さで廊下を突っ切っていく。
 僕は当然追いかけた。
 腕をつかんで制止したいけれど、生徒や先生が通りかかることを考えたら軽率な真似はできない。

「そうしようって、ふたりで話し合って決めたことなの?」

 特別教室棟に入ったところで正面に回り込んだ。
 足を止めた倉井先生はそれまで見たことのないくらい険しい目で僕を睨んでいた。

 まえに睨まれたときはちっとも怖くなかったのに、それとは比べ物にならない。
 本当に怒っているのだと瞬時に理解できた。
 謝らなきゃ、と思っちゃったくらいだ。
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