彼方の蒼
——違うんだよ、先生。
僕は唇を固く結んだ。
石黒とのやりとりで、倉井先生に迷惑をかけるなんて思わなかった。
僕が言ったことが巡り巡って倉井先生にそんな暗い顔をさせるなんて、ちっとも思ってなかった。
石黒と倉井先生は同じ教員住宅に住んでいる。
距離が近いということは、話す機会がいくらでもあるという意味だった。
正確に切実に受け止めるべきだった。
もしかしたら、そうやって心が近づいていったんじゃ……。
可能性が初めて胸をかすめ、戦慄する。
——倉井先生。
今まで聞かなかったけど、石黒先生のこと、好きだったりする?
見つめるふりをして僕は表情をうかがう。
さっきまでの憂い顔はなりをひそめ、倉井先生は窓から空を見ていた。降りそう、なんてひとりごちている。
あー、そうだよ! こういう人だよ!
嫌なことがあっても平常モードで、悟られたり言い当てられたりしない。
何があろうと、肝心なところを教師の面構えで隠してしまう。
後ろで髪をひとつにまとめているから、倉井先生の顔はよく見える。
なまじ見えているものだから、それがすべてだと安心してしまうんだ。
悔しいけれど、石黒の言うとおりだ。認めよう。
あのさ、と僕は伝えたいことを伝えようと思った。
一緒に窓のほうを向き、曇り空を眺めた。
厚い灰色の雲は風がないのか流れずにとどまっている。
「僕さ、倉井先生は受験生のクラス担任としてすごくがんばっているのに、おかしいなって思ったんだ。受験がはじまるってときに、急に結婚するとか、生徒を動揺させるようなこと言うかな、言わないよな、って」
降りそうといえば降りそう。
持ちこたえそうといわれればそうなりそう。
どちらともいえない空模様。
「委員長が結婚宣言を後押しした説もあったけど、よくよく考えてみるとおかしいんだ。あいつは人を乗せるの、そんなにうまくない。だから気になってた」
振り向いて一度微笑む。
「倉井先生はそんなこと言わない」
僕と倉井先生は同じ窓から外を見ていた。その距離は案外近い。
倉井先生は面食らったように身を引いた。
構わず続けた。
「そして石黒のヤツはそういう倉井先生を困らせた。許せん。懲らしめてやりたい」
僕はわかりやすく頬を膨らませてぷりぷりしてみせる。