印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年1月24日 多分、30℃は超えてる。

はじめと大丸の向かいのサテンに入った。

店内は全く日本と同じ作り。冷房ばっちり。

「サテンは酒はないんですよ。あとで居酒屋行きましょうか」
  
じゃあ、なんか頼むか。

裸足のねえちゃんが、二人がかりで注文取りに来た。

俺、アイスコーヒー。こいつはチョコレートパフェ。

ねえちゃんニコッ。可愛いぞ。

「コーヒーってでかい声出したらやばいですよ。ひっひ」 

なんでよ? じゃ頼めねえじゃねえか。

「コーヒーはカフェって言って下さいよ。コーヒーは、
やらしてっていう意味なのよ」 

えっええ! そうかよっ。ひゃっひゃ、知らなんだあ。
ん? ってえことは・・あそこはコーか? ヒーか?
ヒーだったら島とおなじだな。

「ヒーです。ひっひ」

おー、大当たりだ。そうか、島言葉もタイから来たか。


ブツが来た。 なんだこりゃ。雑にでかいぞ。けっけ
アイスコーヒーは中ジョッキ、パフェは大ジョッキ。

味はこれまたすごい。水飴と蜂蜜と砂糖をドラム缶でごっそり
入れた、甘甘コーヒー。

そんで、世界中の甘い物を入れまくったパフェ。
理科の実験じゃねえぞ。

この国は加減てもんを知らねえな。ったく へへ

甘いもん嫌いじゃねえが、こりゃ無理。なんとかしてくれ。

はじめが注文し直してくれて、ブラックコーヒー、
・・・じゃなかったブッラックカフェが来た。

それでもまだ甘いぞ。パフェはどうする。犬にくれてやっか?

水飲みながら、深呼吸して煙草吸いながら気紛らわして、
やっと半分食った。これ以上食ったら吐くぞ。あー

甘くて身震いしてきた。背中ゾクゾクする。冷房も効きすぎ。
頭痛くなってきた。 ほんと、加減ってもんを知らねえな。
 
二人で28バーツ?!

「こういうサテン高いんですよ。すいません」

お前が謝るこたあねえ。 さあ、屋台行こうぜ。


ところではじめさ、あの電話、あれどしたのよ。
なんで一回で出ねえの。しかもタイ語で出てさ。
おやじが危険とか言ってたぞ。

「そうなんすよ。最近家に石投げられたり嫌がらせの電話きたり
もう、大変なんすよ」

え? お前なんかやっちゃったの?

「違いますよ。いま日本人駐在みんなやられてんですよ。
うちの親父電機関係でしょ、日本製品不買運動とかでさあ、
日本嫌われてんですよ」

へえ、そうかよ。

「2年前は何もなかったのに、急にこんなですよ。玄関にウンコ
とか乗車拒否とか、子供みたいでしょ。でもほんと参りますよ」

ほんとかよ、たまんねえなあ。

「そんで、嫌がらせの電話も結構あるんで、市内からのはすぐ
には出ないのよ。2度目にきたらタイ語で出て、日本語で出る
のは日本からの電話だけ。 へへ まったく大変なんすよ」

へえそうかよ。分かんねえもんだな。

家族でタイ住んで、息子のお前はロンドン留学のエリートコース
悠々だと思ってたら。 違うのか・・

しかしまたなんで電化製品なの。

「いやあ全部ですよ。食い物も車も日本製は全部嫌われてます。
学生が反日やってるから、余計ですよ」

学生か・・・単純だからな。日本も同じよ。

入学したときはおとなしそうな奴が、1週間も経つと先輩に
オルグられて、ある日突然メットに覆面ゲバ棒持って叫びだす。

俺は横目でバッキヤローて言ってたけどな。
ツルンで騒ぐのはでえっきれえだ。

何がイデオロギーだ。一人でやってみろってんだ。
その点、ドンバはほんとの純だな。っひっひ

ジョンも言ってる、革命はてめえの心だってよ。
な、たまにはマジなこと言うべ。

「あ、バンドマンだったんですよねそういえば っはっは」 

バカヤロー、だったじゃねえよ。今も気持はバンドマンよ。
 
じゃどっか行こうぜ。チャオプラヤも寺院も行ったし、
どっか違うとこな。 面白れえとこないの。


「じゃパッポン行きますか」

パッポン? じゃ一本行ってみっか。

「3時か・・・ちょっと早いけど行きますか」

なんだ時間でやるのかよ。

「そうなんすよ。4時から屋台が出るですよ。 
でも今行けば面白いもん見れますよ」

そうか、面白いもんは、見たいな。っひっひほっほ


繁華街はずれの路地、横須賀ドブ板風の一角。
おばちゃんねえちゃん兄ちゃんにガキまで、一斉にバタバタ
集まって、でっかいビニール袋、テントや鉄パイプ。

そいつ等が路地を埋め尽くして屋台の設営が始まった。
・・と思ったらあっという間にお店の出来上がり。

こりゃすんげえ。神業だぞ。へえ

そんで4時。 台にブツ積んで開店。

米軍放出品の屋台10軒ほど。Tシャツ、ジーパン、ベルト、
ラジオ。奥にはパチもん屋台10軒ほど。

ロレックスにセイコー、フェンディ、シャネルぜんぶ偽もん。
 
でもさ、値段がわかんねえな。

「値段は交渉ですよ」

だって値札がねえじゃん。

「ここは値札は無いんすよ。だいたい言い値の半分から
値切ってOK。あとは数買えばどんどん安くなりますよ。
元手なんかかかってないかもしれない。ひっひ」

そんなもんかよ。マドリの泥棒市みてえなもんか。


路地の突き当りはずらっーとションベン長屋。
派手な飲み屋が並、上半身裸の酔っ払い刺青アメ公ども。

その周りは立ちんぼが群がって、半裸でド派手な化粧で
キャッキャはしゃぎながらビールとワイン。

これじゃ、ベトナムなんか帰らねえわけだ。 

「ここはアメ公の天国ですよ 隣のタニヤは立ちんぼ通り」

ほっほ、隣行こうぜ。

「いややめたほうがいいですよ」

ヤバいか?

「あの通りはアメ公優先。俺等日本人は今嫌われてるから、
何されっかわかんないっすよ。そんで高いだけですよ。
ホテルに来るの買ったほうが安いし。やめたほうがいいっす」

ほお、それもそうだな。無駄遣いはできねえ。




「じゃマンダリンホテル行きましょか」

なに? どこ? なんかあるの?

「ロビーに日本の新聞あるし、お茶タダで飲めますよ」

おおそうか、行こ行こ。っひっひ


だだっ広いロビーと、天井までは何メーターあるんだ。
壁画の端っこは遠くて見えねえ。

ふっかふかの椅子に座って一服。金持ち気分。

ロビーだってえのに注文取りに来た。

「友人が泊ってるからここで待ってるって言ったんですよ。
いま、お茶が出ますよ」

その通り、紅茶がふたつ来た。 へっへ 

「なんか読みますか?」 

バーの横に新聞雑誌コーナー。4日前のが最新版。
週刊誌数種、2.3個抱えてふっかふかで読む。

ほお、東京は1度で雪だってさ。馬鹿寒じゃんか。
こっちは真夏だぜ、帰りたくねえな。

赤軍は完全に終わっただとか、グループサウンズも落目だとか 
石油がねえとか、入試が大変だとか、相変わらずくだらねえな。

・・ションベンしよう。


トイレットもむちゃくちゃだ。10畳はある、全面鏡張り。
ケツシャワーも付いてハンガー、ドライヤーまである。

ここで何すんだ。泊まれるぞ。ほんとタイ人って奴は、
加減ってもんを知らねえな。

さ、晩飯行こうか。

「向かいに日本人がよく行く店ありますよ」

おっ、タイの日本食食ってみようぜ。

引き戸に暖簾か、日本風だね。

「いらっしゃいませえ」 

おっ、タイねえちゃん、日本語じゃん。

ピーナツと冷奴でビール。 チャーハンエビフライに目玉焼き。
はじめはタイ飯とラーメンで腹一杯。

アテネから中近東の話インドの話してやったけど、 
はじめはやっぱり苦手だって。

ヨーロッパアメリカなら行きたいって。
そりゃそうだ。奴はヒッピーじゃねえ。
好き好んで下痢しに行くこたあねえ。へっへ

しめて35.5バーツ。高いけど美味い。久しぶりに満腹。 
5サタンプーチ置いた。金があるってえのは気分いい。

「俺、そろそろ帰りますよ。お袋一人で家だから」

おおそうか。嫌われてる日本人じゃ物騒だしな。
じゃ俺も帰るわ。明日また会おうぜ。

そんでさ、お前の家行ってみたいけどだいじょぶ?

「いいですよ。明日行きましょうよ」

タイソン近くまで送ってくれて、じゃあまたな。
 

夜、米山さんの部屋に潜り込む。
俺、きょうさ、友達とブラブラしてパッポンに行ってきましたよ

「そうか、結構面白いだろ。俺、明日5時起きだ。
これ俺の住所、日本帰ったら連絡くれよ」

明日帰国か。邪魔しちゃいけねえな。

シャワー浴びて床に毛布敷いて電気消して、
廊下の灯りで金勘定。あと20ドルとチェック250か。
 
明日から事務所手伝って、日本までの切符なんとかしなきゃな。

でも 帰りたくねえなあ・・・




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