兄貴がミカエルになるとき
「怖い顔をしていたよ」

「遅れそうだったから顔に力が入っちゃったのね」

そう言って笑いながら、アキは僕の前に置かれた水のグラスを持ち上げて一息に飲みほした。

ただの水だったけど、とても美味しそうだった。

そのあと師匠が用意してくれたヘアメークとスタイリスト、そしてなぜかティムと撮影場所のハドソンリバー・パークで落ち合った。
撮影といってもアシスタントの腕試しみたいなもので、誰一人僕の写真が通ることはないと思っていたから、みんな気楽なもんさ
。普段の撮影時にはないゆるい雰囲気が漂っていた。
緊張していたのは僕だけだった。
アキもいつもどおりで、緊張することも、特別張り切る様子もない。
モデルの経験なんてないのに、まるでいつもやっていることのように普通に佇み、撮影が始まると僕が伝えたイメージの役になりきる。
僕はバルバリーの広告だというコンセプトは無視して、ただアキの表情ばかりを追っていた。
撮影は驚くほどスムーズに進んだよ。
アキにシチュエーションを与えると、彼女はそれを瞬時に汲み取って、その人物になりきってしまう。
そして多分、多分彼女はそんな自分をちゃんとどこからか覗いているんだ。
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