兄貴がミカエルになるとき
桜の花はまだ7部咲きといったところだろうか。

空気が緩み始める春の訪れは、新しい何かを期待して、心も緩む。

夕方まで降った雨がやみ、湿気を含んだ空気が闇とともに体を包む。

街路にできた小さな水たまりをうっかり踏んで、アスファルトのくぼみから飛び出した雨水がトオ兄のジーンズに着地する。

トオ兄は気付いているのかいないのか、いずれにしても気に止めることもなく、のんびりとした歩調で楽しそうに歩いていく。

ゆるーい空気に後押しされて、私はママの呪文から解かれるために思い切って質問を口にした。

「トオ兄は本当は誰が好きなの? ていうか、どんな人が好きなの?」

前を向いたまま、トオ兄はふっと笑を浮かべた。
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