西山くんが不機嫌な理由





いつの間にか電話は終わっていたらしい。




振り返ると同時に、掴まれた手に力を込められ一気に引っぱられる。おおっと。



半ば爪先立ちで身体のバランスを維持しつつ導かれるままに足を進める。



(わ、わっ。手、)



夢か。これは私の織り成す幻想なのか。



西山くんから手を握られている現実がどうしても実感出来ず、ひとりあわあわ動揺する。




恋人繋ぎでないことは少しばかり残念に思うけれど、どうしてでも嬉しいものはたまらなく嬉しいのだ。



緩み過ぎてお餅になりつつある頬を空いた手で持ち上げつつ、西山くんの横顔を身を乗り出して窺おうとしたが、あえなく失敗。




道端の小石に躓いてずっこけたのだ。



派手に地面に突っ伏すことはなかったが、身体が前に傾く際に手を離してしまった。



(ああぁっ)



包まれていた温もりが離れて、次第に寒さを帯びてくる。



なんて、仕掛けた自分で悔やむのも仕方がない。




突然のことに反応して、西山くんの顔が横を向いてこちらに視線を向ける。



もう1度、何事もなかったかのように手を繋いでくれるのかもしれない。




なんという浅はかな思い込み。すぐに西山くんは前を向いて歩き始めてしまった。



西山くんの性格は十分過ぎるほどに理解しているはずだったのに、そもそも自分から手を握ってくれることさえ奇跡に近いことだともいえるのだ。





少し斜め前を一定の速度でのんびり歩く西山くんの後ろ姿はいつもと何ら変わりない様子。



先程垣間見たあの慈愛に満ちた表情は、私の妄想による幻覚だったのかもしれない。




電車に乗り込んで、いつも通り西山くんが取ってくれた吊りかわに手を掛ける。



一瞬のうちに変わっていく窓の外の景色をぼんやり眺望する。




ふたりの間に隙間はなく、だけど会話もない。



近いようで遠いのとは、まさにこのことを指しているのではないだろうか。




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