西山くんが不機嫌な理由
『それじゃあ、行ってくるわね~』
『…………』
『西山くん、お留守番宜しく!』
満面の笑みと見事なウインクを残して、鞄を腕に掛け家から姿を消す凪の母親を、玄関から無言で送り出す。
現在自分の置かれた状況を再確認して、再度やりきれない溜め息を吐く。
とりあえず、凪の母親が帰ってくるなり逃げ出せる準備をと、肩から鞄を下ろして玄関先に置いておく。
その場に立ち尽くすまま約5分が経過する。
看病とは、具体的に何をすれば良いのか見当すら付かなかったけれど。
用は側で様子を見守っていれば良いのだと勝手に結論付けて、階段を上り覚えていた凪の部屋へと向かう。
物音を立てないよう心掛けつつ扉を開けると、相変わらず賑やかなベッドの片隅に凪がすやすやと寝息を立てていた。
寝顔もずっと穏やかなものになっていて、時折小さく咳を零すことはあるけれど。
近くに寄って、汗で額にべったり貼り付いた前髪を掻き分ける。
露わになった額に自分のそれを合わせる。
ほんのりと微熱を帯びていることが窺える。
先程と比べれば、随分と熱は下がっているようだ。
このまま静かに様子見していても大丈夫だろうと目論んで、フローリングの敷いた床に、ベッドに背を預けるようにして腰を下ろす。
すぐ後ろから、耳元へと届く途切れ途切れの吐息。
くすぐったくて無意識に目を細める。
と。
『んー……に、しや……ま、く……』
『…………っ』
囁くくらいに微かな声に、落ち着き払っていた胸が飛び跳ねた。