西山くんが不機嫌な理由





声を発したことで、どこか怖気づいていた凪の表情が和らいで見えた。



近くにあった長い椅子に腰を下ろせば、遠慮がちに間隔を空けて横に座る。




聞きたいことがあると言って引き留めておいたものの、そんなことは単なる思い付きの他ない。



どうにかしてでも凪を帰らせたくない一心で、土壇場の口から出まかせも良いところだ。




なかなか話を切り出す素振りを見せないこちらに、凪もさすがに疑念を抱いたようで。



そわそわ落ち着きのない動作で俯いている。



「…………西山翼」

「え?」

「…………名前、西山翼」

「うん、知ってるよ?」



ようやく口をついて出した言葉に、意味が分からないとでも言いたげに凪が首を傾げる。




そう、凪は俺の名前を知っていた。



それはつい昨日、先週のことではなくて。




もっと、きっと、ずっと前から。



「…………この前、金曜日」

「あ、うん」

「…………どうして、お兄さんって、呼んだの」



実際は大して気に留めるほど重要なことではなかったけれど、何か話題が必要なこの状況には必要不可欠なものだった。




明らかに大きく肩を揺らして、動揺していることを必死になって隠そうと努力しているけれど、残念ながら目が分かり易く左右に泳いでいることによって全て水の泡だ。



凪は、きっと嘘を吐くことが苦手だ。



「いや、そ、そそそうだったけー?」

「…………」

「はは、記憶にないかなー」



言葉はよくどもり、視線はあさっての方向に向かっている。



あまりにも下手な芝居に、どう対応すれば良いのか選択に困った。



「…………凪、好き?」

「は、へ?」

「…………俺のこと、好きって、本当?」



ピシリ、音を立てて凪の動きが止まる。表情がすっかり固まっている。




どうやら話題の選択を間違えたらしい。




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