初恋ラジオ

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地元の短大を卒業して上京、大手ホテルに就職して一人暮らしを始めてから、もう12年にもなる。
20年前、赤いランドセルを背負って小学校に通っていた麻美も、今年で30歳になった。

久しぶりに休みの取れた安穏な五月のウィークデイ。
その日、何をするでもなく、麻美は、GパンにTシャツ、ノーメイクという実にリラックスしたスタイルで、自室マンションのソファに腰を下ろしながら、一人テレビを観ていた。
我ながら、随分と色気のない休日だと、少しばかり情けなくも思う。
女も30になると、大抵の色恋も経験し、ばりばり仕事もこなし、独身だとはいえ、こうやって、それなりの生活を築けるものなのだ。

だがしかし、最近、地元の友人や短大の同級生から送られてくる季節の挨拶には、「結婚しました」だの、「子供が産まれました」だの、そんな文章がめっきり増えたことも否めない。
気持ちだけならまだ20代前半、だが、そうやって、自分の年齢を痛感させられることが日毎に増えていくのもまた、哀しい現実でもあった。
窓辺に差し込む気だるい午後の日差しを横目で見やり、麻美は、両手でクッションを抱えたまま、小さくため息をついた。

6年間付き合った恋人とは、相手の浮気が原因で、半年前に別れたばかり。
この歳にして実に痛いとも思うが、一人でだって十分生活はしていける。
恋人と別れたのを機に、こうして自分の城とも言うべきマンションも買った。
全てが順風満帆だ。
だけど。

どこか虚しいのは、何故なのだろう?

何故、突然、子供の頃の甘い思い出が、脳裏を掠めたりするのだろう?
パーマの落ちかかったセミロングの髪を片手でかきあげながら、もう一度ため息をつくと、麻美は思わず呟くのである。

「晃ちゃん・・・・・元気かな」

手先が器用で、頭が良くで、幼馴染みである晃介。
彼もまた、30歳だ。
結婚して子供がいてもおかしくない年齢である。
どんな青年に成長し、どんな職に就いているのか、それすらも判らないが、何故か、妙に気にかかるのは、五月のこの気だるい空気のせいだろうか。

晃ちゃんは、まだ、あの時の約束を覚えているだろうか、と自問し、そして、いや、きっと忘れているに違いないと自答する。

所詮、子供の約束ごとだ。
それを律儀に守ろうとする男など、この世の中にいるはずもない。
少なくとも、麻美はそう思っていた。
この時までは。
しかし、運命のチャイムは、この時に鳴ったのだ。
麻美は、ふとソファを立ち上がり、リビングの壁に設置されたモニターフォンを手に取った。

「はい」

 小さなディスプレイに映し出されたのは、大手宅配業者の制服を着た、一人の青年の姿である。
 麻美と同年代と思しきその青年は、キャップの下で人が良さそうに笑って、こう言ったのだった。
『山崎 麻美様ですか?フェリッシュ様からのお届けものです』
青年が口にした送り主の名前で、それが、先日インターネットで注文した服であることに気がついて、麻美はこう返答したのである。

「はい、今開けます」


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