短編集‥*.°
そんな時。
少女は聞いた。
深い森を抜けた先には、何の願いをも叶えてくれる幻の花があると。
朧夜だけに咲く、月ノ花があると――。
少女にとって、噂の真偽などはどうでもよかった。
少年から愛されたい。
その一心だけで、少女は噂を聞いてから一週間後の今日、朧月夜に深い森へと足を踏み入れたのだった。
闇の中、木の葉を踏みしめながら歩く。
「…早く…早く、見つけないと…」
もう少し、あと一時間ほどで夜が明ける。
ずっと、少女は月ノ花を求めて森の中を彷徨っていた。
月ノ花は、なかなか見つからなかった。
気持ちが急いた少女は、歩くのをやめてもう一度走り出した。
ふくろうの鳴く声、木々がざわめく音、うっすらと空に浮かぶ月、月を覆う雲。
全てがおぼろげに、少女に伝わる。
漂う霧、多少に香る果物の香り。
少女の肌に流れる汗、背丈を越す草。
「…あっ」
盛り上がった木の根に足を取られ、少女は湿っぽい地面に手をついた。
――何かが手に触れた。
何かを知ろうと少女は目を凝らす――。
「…きっ、きゃあああ!」
少女の触れたもの――それは、大きな蛇だった。
驚いた少女は慌てて立ち上がると、頭に被ったフードが捲れるのも構わず、駆け逃げた。
このまま、蛇がいるような恐ろしい森を抜けて、家へ帰ろうと考えた。
しかし。
「…月ノ花」
少女は途切れ途切れに、呟いた。