短編集‥*.°


そんな時。

少女は聞いた。


深い森を抜けた先には、何の願いをも叶えてくれる幻の花があると。

朧夜だけに咲く、月ノ花があると――。


少女にとって、噂の真偽などはどうでもよかった。

少年から愛されたい。

その一心だけで、少女は噂を聞いてから一週間後の今日、朧月夜に深い森へと足を踏み入れたのだった。


闇の中、木の葉を踏みしめながら歩く。


「…早く…早く、見つけないと…」


もう少し、あと一時間ほどで夜が明ける。

ずっと、少女は月ノ花を求めて森の中を彷徨っていた。

月ノ花は、なかなか見つからなかった。


気持ちが急いた少女は、歩くのをやめてもう一度走り出した。

ふくろうの鳴く声、木々がざわめく音、うっすらと空に浮かぶ月、月を覆う雲。

全てがおぼろげに、少女に伝わる。


漂う霧、多少に香る果物の香り。

少女の肌に流れる汗、背丈を越す草。


「…あっ」


盛り上がった木の根に足を取られ、少女は湿っぽい地面に手をついた。

――何かが手に触れた。


何かを知ろうと少女は目を凝らす――。


「…きっ、きゃあああ!」


少女の触れたもの――それは、大きな蛇だった。

驚いた少女は慌てて立ち上がると、頭に被ったフードが捲れるのも構わず、駆け逃げた。


このまま、蛇がいるような恐ろしい森を抜けて、家へ帰ろうと考えた。

しかし。


「…月ノ花」


少女は途切れ途切れに、呟いた。

< 129 / 139 >

この作品をシェア

pagetop