短編集‥*.°
「え…ここでするの?」
「別にいいだろ、ムードがあって…」
幼い頃から聞き慣れた声と、高い声。
月ノ花を前にして、少女は振り向いた。
月ノ花の花は静かに、
煌々と輝いている。
視界に映ったもの。
それは、髪の長い美しい女性と、意味深に彼女の腰に手を回す――幼馴染の、少年の姿だった。
「…っ」
少女は、フードをかぶろうとする手を止めて、短い草の生えた土の上に、力なく座り込んだ。
その間にも、少年と女性は艶めかしく情事を進めていく。
深い口づけを交わし、そして――。
森の中に、甲高く甘い声が響く。
呆然とする少女の頬を、
涙が一筋、伝った。
少女は知っていた。
少年が少女を愛さない訳を。
少年は、街では有名な遊び人だった。
誰か一人を愛することもあれば、愛なく女性を抱くこともあった。
最低な男だと言われていることも、わかっていた。
それでも少女は、少年が好きだった。
少女は一度だけ、少年に抱かれたことがあった。
少女にとって、少年は何よりも大切な、初めての人だった。
少女は、少年に抱かれて、幸せだった。
しかし、コトが終わったあと、少年は少女に向かってこう言った。
『ごめん』と。
少女の好きな、低く優しい声で。