素顔のキスは残業後に
「なんだよ?」


「いえ。別に、なんでも」


柏原さんが手を握ってくるなんて、珍しいなって思って。

続けようとした言葉は喉の奥に留めた。
口にしたら一瞬で手を払われちゃう気がしたから。


付き合ってまだ間もないけど、分かったことがある。

どうやら柏原さんは人前で密着するのが苦手というか、嫌いのようだ。

彼の隣を歩いていても、手を繋いだり、肩を組んだり、腕を絡ませて頬を寄せたりってことは滅多にない。

(滅多にというのは、北海道旅行であるにはあったってことなんだけど……)


今日のは暗闇で足元が危ないからだとは思うけど、今年最後に得しちゃった気分だなぁ。


前を向いて歩く綺麗な横顔を斜め下からそっと見つめいると、頬が緩んでしまう。

そんな分かりやすい私の反応を柏原さんが見逃すはずもなく、切れ長の黒い瞳が私を見下ろした。


「一人で笑って、薄気味悪い奴」


「薄気味悪いって――……溺愛する猫に失礼ですよ?」


部長についた嘘に乗っかりながらそう返すと、ふっと息をついた唇がニヤリとその口角を引き上げる。


「溺愛されてるって自覚あり、か」


「えっ!? あっ、いえ。そんなことっ、ないです!!」


うわっ、なんか、すごい自惚れてるみたいだった!?

(そうだったの!? どうだったの、私――!?)
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