素顔のキスは残業後に
開いている左手を顔の前で激しく振りながら、「とんでもないですっ」と力強く付け加える。

すると熱くなった頭をポンッと軽く叩かれた。


「落ち着け。そして、座れ」


ご主人に言われるまま腰を下ろしたベンチは、

(やっぱり飼い猫のようだよ、私)

柏原さんの想いを初めて聞くことができたあの場所だった。

ベンチとブランコしかない小さな公園は街を見渡す高台にある。


今日は大晦日で夜更かしをしている人が多いせいか、あの日よりも煌びやかな光を放つ眼下の景色に目が奪われた。

始まりとも言えるこの場所に来てみると、

あの日からまだ数えるほどしか経ってないのに、色んなことがあったなぁと思う。


雅人への未練を完全に断ち切れたこと。

由梨さんの強い決意を聞いたあの日のことを思い返していると、ふとある疑問が頭を過った。


「そういえば。この場所っ――……」


疑問をそのまま言葉にしようとして、そこで口を閉ざす。
くだらないことが気になった自分に舌打ちをしたくなった。


大切にされてるって、ついさっき思ったばかりなのに。
大切なのは、いまで、過去を気にしても仕方ないのに。


いまの私、どんな顔してる?

街灯のあまりない場所でよかった。こんな顔見られずに済んだし。




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