素顔のキスは残業後に
『好きだよ』


この瞬間が続いていくように。彼の想いが変わらないように。

祈るような気持ちで告げたのは、いつだったろう?

考えても思い出せないくらい、私は――――…



「頑張れたことがきっとたくさんあったのに。それに気付かないで、彼の変わっていく想いにも気付けなかった。
未練じゃなくて、それが悔しいんです」


止め処なく溢れ出る想い。
カニの足に切り込みを入れていた手が震え出す。

すると彼の骨ばった指先が優しい手付きで、固く握り締めた私の手を解いて
ハサミとカニを引き抜いた。


バツンッ

私の代わりにカニにハサミを入れた彼は鋭い音をキッチンに響かせる。

二度目はもっと強い音。音が響くたびに涙が溢れそうになる。
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