呉服屋の若旦那に恋しました


静枝さんにお礼を言って、志貴の家の玄関まできた。

ゆっくりと静かに家へ入り、志貴の部屋の戸を開けた。

しかしそこに志貴はいなかった。台所へも行ってみた。一応私の部屋も見てみた。けれどどこにも志貴はいない。志貴が履いている靴と下駄はあるのに。

私は、もしかして、と思って、桜ちゃんのご仏壇がある部屋をすっと開けた。

そこには、両手を合わせて目を閉じている志貴の姿があった。


「……」


そんな彼の様子を見て、私はまた過去を思い出した。


……ごめんね、桜ちゃん。

ごめんね、志貴。


私はちっとも、特別な子なんかじゃないのに。

この志貴の優しさは、本当は桜ちゃんに注がれるべき優しさだったのに。


桜ちゃんが生きていたら、志貴はきっとすごく良いお兄ちゃんになっただろう。

一緒に手を繋いでお買いものして、入学式には必ず来てくれて、美味しいご飯を作ってくれて、いつもいつも心配してくれて……。


“衣都は、桜ちゃんと一緒に、成長していくから、だから、志貴兄ちゃんはちゃんとそれを見届けなきゃ駄目だよっ……”


……私はそっと戸を閉めて、縁側に体育座りをした。

紅葉し始めた黄金色の雪柳が、夜風にそっと揺れている。

さわさわと、撓った細い枝を揺らす。雪のように細かくて小さな葉っぱが、蓮池に浮かんでいる。

雪柳を見つめながら、私はこの家に住むことになった初日の、静枝さんとの会話を思い出した。



――雪柳が綺麗でっしゃろ。

ユキヤナギ?

あの白いお花。志貴が植えたんよ。

別名、小米花とも言うんやけど、春も夏も秋冬も、一年中綺麗なんよ。

へぇ……。確かにすごく綺麗ですね。

2月26日の誕生花なんよ。衣都ちゃんの、誕生花やね。

え? そうなんですか……?

志貴が、衣都ちゃんと4年間離れることになった時に、植えたんよ。きっと会えない間、衣都ちゃんの成長と、重ねて見てたんやろうね。


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