呉服屋の若旦那に恋しました


志貴はそう言って、降参のポーズのように、両手を顔の横であげた。


「正直俺もこの間のことは反省してる。反省の意味も込めて、暫く衣都に触らない。それでいいか?」

「え……」

「この間のことは、謝らないけど、反省してる」

「なにそれ反省してないじゃん」

「違う。反省はしている。でも謝らない」

「………」

「それでいいだろう? 衣都が良いって言うまで、俺は衣都に触れない」


そう言って、志貴は立ち上がり、お店に戻った。

残された私は、何とも言えない感情に陥っていた。

……別に、触らないでなんて、ひとことも言って無いし、キスが嫌だったわけじゃないのに……。

まるでさっきの言い分じゃ、私が志貴を嫌がっているみたいじゃないか。

それに、もう触ってもいいよ、なんて自分から言えるわけないのに。なんなんだあのオッサンは。


「……私のことが、好きなんじゃないのかよ……」


そうつぶやいて、私はふて腐れた。


“あんまり俺を意識するなっ”。

……正直、志貴の気持ちが全く分からないよ。

私と結婚したいと言うくせに、近づいたと思いきや、こんな風に突き放すような言い方をする。

そもそもなぜ志貴は私と結婚をしたいのだろう?

父の言うように、本当に政略結婚なの?

お店の利益の為に、私と結婚をしたいの?

そうだとしたら、私は志貴と結婚したくないよ。

私だけ気持ちがあって、志貴はそうじゃないなんて、そんなの悲し過ぎる。

でも、志貴が私と結婚したい理由が、他に見つからない。

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