喩えその時が来たとしても
 
『それでしおりさん。早速なんだがこいつの話だ』

 海老茶色の仔犬は、話題を変えて照れ臭さから逃れる作戦に出たようだ。

「はい、お話は粗方哲也さんから伺いました。こうでしたわね……」

 そしてしおりさんは滔々と、暗唱するように俺が話した経緯を語ってみせた。

「……そして、更に確実な情報を得る為に雅也さんは、命を捨てて来世へ舞い戻った。という事でよろしいかしら……」

「凄いです、しおりさん」

 俺は思わず驚嘆の溜め息を漏らした。落ち着いた雰囲気の、ほの暗いこの店内に在って特別な才覚を見せる彼女は、薄いブルーのオーラをまとっているように見えた。

 一度しか話していない、しかもあんな突拍子もない話をここまで順序立って完璧に聞かされると、俺の方が『そういう話だったか』と逆に再確認出来た位だ。

 兄貴の記憶力にも度々舌を巻いてきた俺だったが、しおりさんはそれに優るとも劣らない。

『これは心強いな、死んだ甲斐も有るってもんだ。だが……それで……収穫の話なんだが……ううん……』

 兄貴はそう言ったまま黙り込んでしまう。そういえば……海老茶色の仔犬となって以来、来世に行って解った事のほんの触りさえ聞かせてくれていない気がする。

「もしかして兄貴……」

『もしかしてなんだ? 哲也っ!』

 ぎゃ、逆ギレか?

 俺は鋭い眼光を投げ掛けてくる仔犬を睨み返しながら、それでも次の言葉を待った。しおりさんは事態を静観している。

『ああ……そうさそうさ。結局場所の特定は出来なかったさ』

 やっぱり!

 ではなにか? 兄貴は死に損だったのか?

『馬鹿な兄貴がとんだ死に損をかましやがって……とか思ってやがるな?』

「雅也さん……」

 う……ず、図星だ。だがそれを口にする訳にはいかない、断じてだ。

「まさか! 兄貴がそんなヘマをする訳がないだろう?」

 俺は兄貴のプライドに逃げを打つ。ヘマをして、結果死に損だなんて兄貴の自尊心が許さない筈だ。

『あ、当たりめえだ! それでさしあたって用意しなきゃならない物がある』

 ほらな。でも兄貴の怒りを買わずに済んだようで良かった。兄貴は居住まいを正して続けた。

『かの弘法大師が使っていたという五鈷杵ゴコショと五鈷鈴ゴコレイが要る』

 ごこしょ? ごこれい? 弘法大師と言えば書道の大家だ。筆とか硯とかの道具か?

 俺は何の事やら解らずに兄貴を見返した。


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