喩えその時が来たとしても
そして約束の日。
「初めまして雅也さん」
『哲也がお世話になったみたいで……、どうも有り難うございます』
シックなチョコレート色の店内に在って、まるで保護色のように周りと一体化しているラブラドールの茶色い仔犬は、犬用の台にちょこんと座り直して頭を下げた。しおりさんは上品に手を振って否定する。
「お世話だなんてとんでもございませんわ……先に私が哲也さんへご迷惑をお掛けしてしまいましたの」
兄貴の声は、空気を震わせる音波とは種類が違うようなので、この光景を周りから見ると犬である兄貴は黙っているように見える。しおりさんが独り言を言っているか、よそ見をしながら俺と喋っているようにでも思うだろう。
今日のしおりさんは、胸がV字に大きく開いた薄いブルーのワンピースを着ている。最初に見せられたパジャマ姿ほどのインパクトは無いが、どう考えてもその開口は、本来ブラジャーが有るラインよりも確実に長く、下まで開いている。そうするとしおりさんは今、ブラジャーをしていないという事になるではないか! つまり、初めて会ったあの時のように、しおりさんがほんの少し隙を見せたりすると……その生乳ナマチチを拝見出来てしまったりもするのではなかろうか!
『おい! 哲也、お前、ヒトの話聞いてんのか?!』
……え? 話? 確かに何も聞いていなかった。だが現実問題、めくるめく劣情に心乱されていては、兄貴の話なんか聞いていられる筈もない。
「フフフ」
おたおたする俺の様子を見てしおりさんが笑っている。俺は照れ隠しにコーヒーを飲み干すとお代わりを注文した。
『彼女は、来世を含めた世界の森羅万象を理解出来る人間の務めとして、お前をサポートしてくれるそうだ』
「有り難うございます、しおりさん。正直兄貴だけでは心許なくて……」
『なんだと?』
「冗談だよぉ、兄貴ぃ」
可愛い顔で俺を睨んでいる兄貴をいなしてしおりさんを見ると、優しい微笑みを返してくれた。
「哲也さんのお兄様だけあって、ほんとお話がしやすいわ。雅也さんは凄く聡明でいらっしゃるのね」
「ええ、親戚中でも一番のキレ者なんです。それに頭だけじゃないですよ、とっても心優しい、自慢の兄貴です」
俺はここぞとばかりに兄貴を持ち上げた。
『ば、馬鹿野郎! 止せよ哲也。ここら辺が痒くなるじゃねえか!』
とか言いながら喉を後ろ足で掻く兄貴。言葉では拒否っていても、満更でもなさそうなのが語調から解った。