喩えその時が来たとしても
 
「……うううむ、むむ」

 明日の昼の打ち合わせで職長達に報告すると言ってしまった手前、求愛を断られるという何とも締まらない結末を招いてしまった俺は、一体どうしたものかと頭を抱えていた。それは告白が上手くいく事が折り込み済みだったからで、当然職長達もその報告を待ち望んでいる筈だろうから。

「シナリオ通り、完璧な告白だった。周辺調査は全て追い風だった。けれどあんな結果だった、ハハッ」

 失笑というのはこういう事かと一人、駅へ向かいながら思った。

「どうしたらいいと思う? ハム太郎……」

 部屋に戻って声を掛けると、奴は俺を振り返るなり回し車に飛び乗って全速力で走った。カラカラカラと回るそれは、俺の心のように渇いた音を響かせた。

「そか、とにかく全力で頑張れって言うんだな」

 替えてやった水をしこたま舐めていたハム太郎は俺を見て首を一回縦に振る。

「何だよ。言葉が通じてるみたいだ、ハハ……」

 そうだ。

 昼の打ち合わせまではまだ間が有る。朝の、馬場めぐみが出勤してくる前に時間を作ってまた告白してみるんだ。それで駄目でも食い下がる。理由を聞き出して、それでも駄目なら諦めればいい。

「有り難うな。これはお礼の気持ちだ」

 ハム太郎の大好きなヒマワリの種を十粒ばかし入れてやると、端から頬袋に押し込み、胴体よりも遥かに顔の方が太くなっている。

「おいおい、そんなに慌てなくても誰も取らないって」

 だが馬場めぐみは違う。慌てなくては誰かに取られてしまう。多分彼女は俺に対しての罪悪感から付き合う事を断ったのだ。今、フリーの状態になっている彼女を放置すれば、反動で誰彼ともなく付き合ってしまう可能性が有る。俺の存在を穢さない為に、他の男にその身を捧げてしまう恐れ大なのだ。

 これは自惚れではない、しっかりとした周辺調査から導かれた結論だ。彼女は俺の事が好きなのだ。好きだからこそ付き合う事が出来ないのだ。

「それもこれも渕、アイツのせいだ」

 アイツさえあの居酒屋に居なければ、アイツさえ馬場めぐみを傷付けなければ、アイツさえ彼女を凌辱しなければ……こんな事にはならなかったのだ。重ね重ね思う。あの時、アイツと対峙した時、せめて一矢報いたかったと、最小限ダメージを与えたかったと、ギリギリヒヤッとさせたかったと!

 だがそれを言っても始まらない。今の俺に出来る事は、馬場めぐみの心を閉ざしている罪の鎧をぶち壊す事だけだ。それは罪などではないと、彼女の心を解放してやればいいのだ!


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