瞳が映す景色
――……
「……ご、めん」
ひとしきり味わわれたあと、首筋に顔を埋められたまま、力ない声で謝られる。
何に対しての謝罪なのか、霞む頭では到底分からないそれは、謝罪ではなく、不謹慎極まりないものだった。
「今、これ以上……、出来ない。残……念……」
「――」
「いい、夢……なのか、な? 現実か、確かめたいから、居て……」
囚われていたあたしの上半身は、その声が途切れるとともに解放されてしまった。
唇は腫れたみたいに、脈打つ熱さが止まない。
辿られた耳や首筋が空気に触れるとひんやりする。
痛みが、微かな痛みが、鎖骨のほんの少し下の柔らかい部分から絶えず訴えられたまま。
さっきよりもスムーズになった寝息が聞こえて、最後にもう一度額に手を置く。体温は、幾分下がってくれていた。
良かった。
来たとき以上に気配は消す。
飲ませたスポーツドリンクは回収し、サイドテーブルの上には、白鳥さんが用意したものだけの状態に戻す。
リビングに置いたお弁当やその他諸々、脱いだコートを肘に掛け、誰も室内には上がり込まなかったみたいに痕跡を消した。
伝言された通りに、玄関先の靴箱の上にお弁当を置き、代金を回収する。まだ封を切っていないスポーツドリンクやお粥、氷枕は、友達のよしみで残していく。
あたし宛てだったメモ用紙に返信をしておき、玄関は施錠し、鍵はポストに入れておくことにした。
無理して冷静なんじゃない。焦ることひとつなく、あたしは、痕跡を消しきって、白鳥さんの家をあとにする。
九割九分の確率で、この夜を追及されることはないだろう。あたしだと、思われてもいなかったんだから。
追及されたら、されただ。