潮にのってきた彼女
ものの10分で岬に着き、備わった木のベンチの横に自転車を停めた。

汗を拭い、思わずため息をつく。暑い。

時刻は4時過ぎ。潮風は気持ちよく吹き付けるが、威力の衰えない太陽がじりじりとアスファルトを照らしている。


岬の辺りは木も多いので、せみがうるさく鳴いていた。

しかし都会にいた時のものとは格段に違う。

都会のせみは鬱憤をはらすようにけたたましく鳴くが、ここのせみは鳴くべくしてせみ相応の騒がしさで鳴いている。

数は多いので騒音に変わりはないのだが、力強く鳴く声が疲れたように途切れるのを聞くと、哀愁を感じたりもする。


ひたいに浮かんでは流れる汗をはらい、崖を下りられるところを探した。

やっぱり、100mほど前にあった階段を下りて岩の上を歩いていく以外に方法はないようだ。





岩伝いのその道のりは、さほど大変なものではなかった。

足元の岩幅は狭く、崖の表層はぎざぎざで手の置き場がなかったが、足を踏み外したとしても、くるぶしまでが海水にはまるだけだ。

想像していた「岩伝いの道のり」とはかけ離れたものだった。



ひざから下はずぶ濡れ、サンダルは砂まみれの状態で5分ほど行くと、洞くつらしきものが見つかった。


足元の岩の途切れた先には小さな砂浜が広がる。

踏みしめると足がうずもれていくほど砂粒の小さい砂浜だ。


岩は大きく傾斜をつけて伸び上がっていた。

波打ち際に立って見上げても、端が見えないほど岩は大きく突き出している。
これなら誰かに見つかることもないだろう。


そして、その岩の根元にひと一人がやっと通れるほどの穴が口を開けていた。

サンダルごと足を海に浸して砂を洗いながら、辺りを見渡すが影はない。

アクアはあの穴の奥にいるようだ。


肩越しに見る穴は、少し不気味だった。

中が真っ暗なせいもあるが、その穴がふちにいびつな形を残すでもなく、自然の仕業とは思えないほど綺麗に開いていたからだ。


一瞬ためらったのち、俺は意を決して穴をくぐった。
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