シンデレラを捕まえて
* * *
翌日面接に行った私はその場で採用され、驚くことに次の日にはユベデザインに出社していた。
聞けば、前任の女性が切迫流産で緊急入院してしまい、そのまま退社してしまったそうだ。
それで、少しでも早く後任が欲しかったとのことだった。前任者のことを思えば大変な事態だけれど(お腹の赤ちゃんは順調であるらしい)、お蔭で私の再就職がすんなり決まったことにただただ感謝だ。
セシルさんにはすぐに報告の電話をした。
本当はお店まで行って直接お礼を言いたかったのだけれど、翌日から仕事開始となれば、時間が取れなかったのだ。セシルさんは就職祝いに今度食事を御馳走すると言ってくれたけど、御馳走するのはどちらかというと私の方だ。どんなお店に連れて行けば喜んでくれるんだろう?
『それより、穂波の連絡先は訊かなくっていいの?』
電話を切る前、セシルさんは笑みを含んだ声で訊いてきた。
少しだけ、そのことを考えていた私は言葉が詰まったけれど、『お、教えてください』とどうにか言葉を絞り出せた。
穂波くんの携帯番号はしっかりメモリに入れたけれど、かけられないでいる。時間が経てば経つほど、勇気は減って不安が増える。拒否されるかもなんて考えたら、かけることなんてできなかった。
それでも、暇さえあればアドレスを呼び出して画面を眺めているものだから、今では番号を暗記してしまっていた。
情けない女だ、私は。
勤務し始めて、あっという間に二週間が過ぎた。仕事に慣れなきゃと思って必死になっていると、時間が早送りされているような気がしてくる。
「おはようございまーす」
ユベデザインは、小さなビルの一階にある。
大きな声で挨拶をしながら、私は会社のドアを開けた。
「おはよう、美羽ちゃん」
出迎えてくれたのは、遊部康介社長。六十を幾つか越した男性だ。恰幅が良くていつもニコニコしていて、私の中でのイメージは七福神の恵比寿さまだ。
社長は名の知られた建築デザイナーでもある。昔は痩せていてかっこよくて(本人談)、雑誌の取材をしょっちゅう受けていたのだそうだ。
「コーヒー淹れますね」
「ありがとねえ」
社長は事務所内にいくつも点在する観葉植物に水やりをしている。社長の朝の日課である。
「はい、どうぞ」
「美羽ちゃんのコーヒーは美味しいよね。コツでもあるの?」
「埋もれてたミルを見つけたので、豆から挽いてるんです」
事務所の奥にあるキッチンの棚の奥に仕舞われていたのを見つけたのだ。この会社の人たちはこれでもかと言うくらいにコーヒーを飲むので、せっかくなら美味しいものを、と豆から挽くようにしたのだ。
「ほう、ミルなんてウチにあったんだねえ。美味しいよ、うん」
「ありがとうございます」
翌日面接に行った私はその場で採用され、驚くことに次の日にはユベデザインに出社していた。
聞けば、前任の女性が切迫流産で緊急入院してしまい、そのまま退社してしまったそうだ。
それで、少しでも早く後任が欲しかったとのことだった。前任者のことを思えば大変な事態だけれど(お腹の赤ちゃんは順調であるらしい)、お蔭で私の再就職がすんなり決まったことにただただ感謝だ。
セシルさんにはすぐに報告の電話をした。
本当はお店まで行って直接お礼を言いたかったのだけれど、翌日から仕事開始となれば、時間が取れなかったのだ。セシルさんは就職祝いに今度食事を御馳走すると言ってくれたけど、御馳走するのはどちらかというと私の方だ。どんなお店に連れて行けば喜んでくれるんだろう?
『それより、穂波の連絡先は訊かなくっていいの?』
電話を切る前、セシルさんは笑みを含んだ声で訊いてきた。
少しだけ、そのことを考えていた私は言葉が詰まったけれど、『お、教えてください』とどうにか言葉を絞り出せた。
穂波くんの携帯番号はしっかりメモリに入れたけれど、かけられないでいる。時間が経てば経つほど、勇気は減って不安が増える。拒否されるかもなんて考えたら、かけることなんてできなかった。
それでも、暇さえあればアドレスを呼び出して画面を眺めているものだから、今では番号を暗記してしまっていた。
情けない女だ、私は。
勤務し始めて、あっという間に二週間が過ぎた。仕事に慣れなきゃと思って必死になっていると、時間が早送りされているような気がしてくる。
「おはようございまーす」
ユベデザインは、小さなビルの一階にある。
大きな声で挨拶をしながら、私は会社のドアを開けた。
「おはよう、美羽ちゃん」
出迎えてくれたのは、遊部康介社長。六十を幾つか越した男性だ。恰幅が良くていつもニコニコしていて、私の中でのイメージは七福神の恵比寿さまだ。
社長は名の知られた建築デザイナーでもある。昔は痩せていてかっこよくて(本人談)、雑誌の取材をしょっちゅう受けていたのだそうだ。
「コーヒー淹れますね」
「ありがとねえ」
社長は事務所内にいくつも点在する観葉植物に水やりをしている。社長の朝の日課である。
「はい、どうぞ」
「美羽ちゃんのコーヒーは美味しいよね。コツでもあるの?」
「埋もれてたミルを見つけたので、豆から挽いてるんです」
事務所の奥にあるキッチンの棚の奥に仕舞われていたのを見つけたのだ。この会社の人たちはこれでもかと言うくらいにコーヒーを飲むので、せっかくなら美味しいものを、と豆から挽くようにしたのだ。
「ほう、ミルなんてウチにあったんだねえ。美味しいよ、うん」
「ありがとうございます」