シンデレラを捕まえて
「じゃあ次は顧客データを整理してもらおうかな。向こうの書架にある緑のファイル、あれを全部入力していってくれる? 田村さん(前任の人)が途中までやってくれてたから、デスクトップにファイルがあると思う」

「はい、わかりました」


と、社長が「そろそろ来るかな」と時計を見上げて言った。

倣うように時計を見上げれば、十四時を指そうとしていた。
そうだ、来客の予定が入ってたんだった。菜食カフェをオープンさせるという、藤代さんというご夫婦だっていう話を聞いている。

お茶の準備をしなくちゃ、とキッチンに向かう。今日はむし暑いので冷茶にしよう、と硝子の茶器を出していると、「こんにちは」と声がした。


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」


社長の出迎える声がする。お茶の支度をして、事務所の隅に設けられた応接スペースに向かった。

パーテーションで区切られているだけの応接スペースだけれど、置かれている家具はとても素敵だ。

飴色になった木製の応接セットの長テーブルは、大きな一枚板を使って作られている。
緩やかな曲線と艶に何ともいえない味がある。同じ木材で作られている椅子も、背もたれに同じような曲線がある。
社長はこの椅子にゴブラン織りのクッションを置いていて、それがまた椅子にぴったり似合っているのだ。この事務所の中で、私の一番のお気に入りスペースである。

その大好きな椅子にどっしりと座り込んだ社長の向かい側には、私と余り年の変わらない男女が座っていた。
お茶を置き、自分のデスクに戻る。
狭い事務所内でパーテーション越しの会話は筒抜けで、私はご夫婦の話をなんとなしに聞きながら入力作業を行っていた。

元はケーキ屋だったというビルの空室をリフォームして、カフェを開店させたい。その改装をユベデザインにお願いしたいと言うのが、今回の依頼内容のようだ。

ご主人の方はすでに具体的な構想が出来ているらしい。ガサガサと大きな紙を広げるような音がしたかと思えば、それはイメージ図だったらしく、熱心に社長に説明を始めた。


「オニグルミを使ったキッチンカウンターを以前見かけまして、それがずっと憧れだったんです! 柔らかな色合いが温かみがあって、こんなキッチンをいつか自分も、と思っててですね」

「ほう、ほう」

「それでですね、この長テーブルのような自然のカーブっていうんですかね。こういうのがいいなと思ってるんですよ。棚は、収納スペースを広くとりたいけどあまり存在感を出したくなくて。ほら、頭上にドーンと存在感があるのも重たくて嫌でしょう?」


あまりに楽しそうなので、聞いているこちらまでもがわくわくしてくる。
隣にいる玉名さんにそっと声をかけた。


「こういうの、いいですね。誰かの夢を叶えられる、っていう感じがします」

「だよね。僕も、この仕事の良さだと思ってるよ」


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