シンデレラを捕まえて
それからも藤代さんはお店のコンセプトだとか、理想の形だとかを熱心に説明していた。

経営を学んだ奥様と、レストランでずっと修行してきたというご主人は、夢に向かって何年も努力し続けてきたのだそうだ。腕を磨き、資金を溜め、ようやくの出店。その想いは私にも十分伝わった。

お二人は、自然の素材を使った温かな店にしたいとのことだった。特に、御主人の方は家具に思い入れがあるらしい。テーブル一つ、椅子一つにデザイン画があるようだった(紙を広げている気配がした)。


「どうでしょう。私たちの理想を形にして頂けますか?」


藤代夫妻の声が重なった。その声音には僅かに不安の色がある。


「ええ、勿論です。うちには、腕の良い家具職人もいますからね」


二人の不安を払しょくするように、社長が明るい声で言った。


「私と彼なら、必ずご期待に沿えますよ」

「本当ですか!」

「ええ」


私は横の玉名さんを見た。


「家具職人さんなんて、いたんですか?」


まだ知らないメンバーがいたなんて、と驚いてしまう。玉名さんは「社員ってわけじゃないけどね」と笑った。


「遊部の古い知り合いで、木材を扱うときはよく彼を使ってるんだ。腕は確かだよ」

「へえ」


そっか。社長や紗瑛さんたちはデザイナーだもんね。実際に作業に当たる人が別でも当たり前か。
それから社長は具体的な打ち合わせに入り、数日中に現場に確認に行くところまで話を纏めていた。


「ではまた。今日はありがとうございました」

「こちらこそ、これからよろしくお願い致します」


お二人を見送ったのは、十八時に近づく頃だった。遠くの山際がうっすらと赤く染まりだしていた。


「さて、これから忙しくなるなあ」


私と並んで藤代夫妻をお見送りしていた社長が大きな伸びをして言った。


「明日はとりあえず△△町まで行って来るか」


△△町は、隣町だ。取引先の会社とかあったっけ? とまだ僅かな知識を引っくり返すが思いつかない。


「あいつに仕事を頼まにゃならんからなあ」

「ああ。先ほど仰っていた家具職人さんですか?」

「うん、そう。ああ、そうだ。美羽ちゃんも一緒に行く?」

「え? 私ですか?」

「会っていた方がいいよ。これからしょっちゅう顔を合わせることになるからね」


玉名さんの話だと、社長の知り合いで、よく仕事を一緒にすると言うことだった。となれば、きちんと挨拶をしておくべきだよね。連絡のやりとりをすることもあるだろうし。


「じゃあ、ついて行ってもいいですか?」

「うん。じゃあ明日、出社後に俺の車で行こう。あ、美羽ちゃん、見てごらん。明日もいい天気になりそうだよ」


社長が指差した茜色の空の先には、一番星がほんわりと光を放っていた。


「あ、本当ですね」

「梅雨も明けたし、本格的に暑くなるなあ」


暑い季節がもうそこまでやって来ていた。


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