シンデレラを捕まえて
垣根に囲まれた敷地の中に、少し大きめの鉄骨組みの建屋と、小ぢんまりとした古民家があった。
建屋の前には木材が積み重なっているのが見えた。あちらが工房ということだろう。

道の脇に車を停め、社長の後をついて行く。
民家の縁側の窓は開け放たれているけれど、人の気配はない。


「お。これいいなあ。ゼブラウッドだ」


社長が台の上に置かれていた大きな一枚板の前で足を止めた。黒や茶、ベージュの層が折り重なったような木目が綺麗だ。


「こういうのをカウンターに使っても面白いよなあ」


ふうん、と腕を組んで考える様子は、いつものにこやかな恵比寿さまではなくなっている。


「あれ? 遊部さん、もう来てたんだ」


ふいに、背中に声がかかった。それに反応して社長が顔を向ける。


「おう、穂波。すまんね、ちょっと早めについた」


社長が、私の後ろに向かって声をかけた。社長が口にした名前に、私は思考を止めてしまう。
今、社長は何て呼んだ?


「構わないよ。それよりさ、それ、ちょっといいだろ」

「ああ。形もいいし、質もなかなか」


背後から声が近づいてくる。間違いない。私はその声の主を、知ってる。


「ていうか、今日は一人じゃないんだね」

「ああ。新しく入った事務の子なんだけど、紹介しておこうと思って連れて来た。高梨美羽ちゃんだ」

「は……?」


社長に促されてのろのろと振り返ると、そこにはやっぱり、あの晩以来毎日私の意識を連れ去ってしまう男性が立っていた。
想像でも幻でもない、本物がそこにいる。


「美羽、さん……」


幻聴ではない、現実の声が私の名を呼ぶ。
ベージュのツナギ姿の穂波くんは、大きな瞳をこれでもかというほど見開いて驚いていた。当然だ。私だって、こんなことになるなんて想像していなかった。

だって、まさかこんなことあるはずがない!


「……お、久しぶり、です」


もぐもぐと挨拶をして頭を下げる。顔は勝手に赤くなり、声が震えていた。
心の準備も何もできてないよ、こんなの困る!

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