シンデレラを捕まえて
「さて、仕事の話に入ろうか。工房の机借りるよ」


社長が建屋の中に入って行った。中から、「美羽ちゃんは打ち合わせの間、見学してなさいよ」とのんびりした声がかかる。


「……あ、はい!」


返事をして、私は穂波くんをそろりと窺い見た。ばちりと目が合ったので、頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。あの、知らなかったの。穂波くんが社長の言ってる人だなんて。だから、その」

「あとで、少し話そ?」


ぼそりとそう言って、穂波くんは社長を追うようにして中へと入って行った。

……やっぱり、不愉快なんだ。

ため息をついた。
セシルさんも、教えてくれていたらよかったのになあ、と恨む気持ちが頭をもたげる。でも、連絡先を聞いても結局何もできなかった私が言える言葉じゃない。
ユベデザインはいい会社だ。優しくて良い人たちばかりの恵まれた環境。そんな会社を紹介してくれたことを感謝しなくちゃ。
穂波くんとのことは、おいおい考えよう。一事務員と職人さんに、そんなに接点はないかもしれないし。


「……とりあえず、今は仕事に集中しなくちゃ」


遊びに来てるんじゃない。社長に言われた通り、勉強を兼ねた見学をさせてもらおう。二人の後を追った。


「……わあ」


むせ返るような木の匂い。鉄骨剝き出しの簡素な造りのそこは正に『作業場』という感じだった。見慣れない工具や機械が置かれており、木くずや木片がそこかしこに纏まっていた。

真っ先に目を引いたのが、壁に造りつけられた棚に並ぶものだった。思わず駆け寄ってしまう。
そこには、大小様々な鉋(かんな)やノミ、鋸(のこぎり)に、名前の分からない道具たちが綺麗に並んでいた。鉋だけでも二十個以上あるのではないだろうか。こんなにたくさんの数を使い分けるのか。


「ほえー」


別の棚には沢山の砥石が置かれていた。多分、これも種類があるんだろう。
ぱっと見ただけでも、表面のざらつき具合が違っていた。
あの大量の刃物は全部穂波くんが手入れしてるんだろうか。しているんだろうな。あの道具たちはどれも大切に扱われているのが私の目でも分かったもの。錆びているものなんて、一つもなかった。

ああ、私って、本当に穂波くんのことをなんにも知らなかったんだなあ。
彼のパーツである一つ一つを眺めながら思う。こんな道具を使って、こんな丁寧な手入れをする人なんだ。


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