シンデレラを捕まえて
「あ……」


作りかけらしい椅子が、機械の前に置かれていた。
シンプルな背もたれ付きの椅子は、座面の部分が少し窪んでいて座り心地が良さそうだった。
表面にはまだ何も加工していないようだ。そっと撫でてみれば、柔らかな手触り。


「いいな、これ」


すごく素敵な椅子になるんだろうと思う。思わず顔が綻んだ。


「あ。あっちにも」


小さな椅子は子供用のようだ。体を支えるように取り付けられたアームレストは丸みを帯びている。背もたれの部分がハート形にくり抜かれており、それは丁度大人の手のサイズに合う。椅子が持ち運びしやすいよう、持ち手になっているのだろう。
使いやすさとか、そう言うことも考えているんだなあ。そんなことを思いながら眺める。


「――美羽ちゃん、終わったよー」


点在する作品や工具を見て回っている間に、話は進んでいたらしい。社長の声にはっとすると、いつの間に戻っていたのか穂波くんもいた。


「面白いもの、あった?」


遠くから穂波くんに訊かれて、壁の棚を指差した。


「ええと、あの。工具、すごいのね。あんなにたくさん」

「ああ、それ? うん、じいちゃん譲りの自慢の品!」


にか、と穂波くんが笑った。目元をくしゃっとさせて、口角をぐっと持ち上げる、人懐こいその笑顔は、いつも見せてくれていたものだ。
その笑顔を向けられたことが、無性に嬉しい。彼にとっては、仕事上のやりとりをしているだけのつもりかもしれないけれど。


「さて、会社に戻るかな。と、その前に穂波、あのゼブラウッドの写真撮らせてもらうな」


社長がデジカメを持って外へと出て行った。それと同時に、穂波くんが私に駆け寄ってくる。


「美羽さん!」

「は、はい!」


目の前に穂波くんが立つ。背が高い彼を私は見上げる。
見慣れないツナギ姿。捲った袖口からは、日に焼けた逞しい腕が伸びていた。がっしりした首。その上にある顔は、今は笑顔ではなく、眉間に皺を刻んでいた。大きな口も、きゅっと結ばれている。
大きな瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。


「あ、あの?」

「今晩、時間とれる?」

「え?」

「メシでも食いに行こ? 俺、ずっと美羽さんに会いたいって思ってたんだ。だから、こうして会えたの無駄にしたくない」

だめ? と穂波くんが窺うように小首を傾げた。眉尻をぐっと下げて、私の返答を待っている。

驚いた。だって、私は穂波くんが私と関わり合うのを嫌がっていると思っていた。会ったときに、「困る」って洩らしたじゃない。
だから、話と言うのも先日のことをなかったことにしてくれと、そう言われるのだとばかり思っていた。


< 36 / 128 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop