シンデレラを捕まえて
私に語って聞かせてくれるのは、家具職人さんの顔だった。 

ああ、この人は色んな顔を私に見せてくれる。
私の知らない世界を教えてくれる。
それは何でこんなにも、魅力的なんだろう。

穂波くんは、話しながら美味しそうに食べた。
吹き寄せや旨煮を余りにも美味しそうに食べるのでそれを口にしたら、二年の留学生活で和食への愛を確認してしまったらしい。和食が一番旨いよ、としみじみと言った。

気付けばどんどん食べ、お酒を飲み、しかし話は尽きず。私は目の前の彼ばかりを見つめていた。 

ラストオーダーです、という店員さんの言葉で、自分たちが長居をしていたことに気が付いた。腕時計を見れば、この店に入って四時間が優に過ぎようとしていた。ありえない。そんなに時間経ってないよね、と穂波くんと顔を見合わせて笑った。
長い時間滞在してしまったことに驚きつつ、少しおぼつかない足取りで店を出た。


「美羽さん、大丈夫?」

「うん、へいきー」


少し飲みすぎた感は否めないけれど、まあ、自分を見失うほどではない。タクシーで帰れば余裕かな、と思う。

幸いにも、明日は休みだ。
部屋に戻ってそのままベッドに倒れ込んでしまえばいい。

夜風が火照った頬に心地よい。
ふいー、と息を吐いて、人通りの少なくなった道を歩く。大通りに出さえすればすぐにタクシーを見つけられるだろう。
と、手首を掴まれた。


「美羽さん」

「はひ」


少しろれつが回っていないなと思う。まあ、いい。後は帰るだけだもん。
穂波くんはお酒のせいで少し上気した顔で続けた。


「美羽さん、今一人?」

「ひとりっていうか、穂波くんが一緒だねえ」

「そういう意味じゃなくて、彼氏とかそういう存在の確認してる」

「いないよう。いるはずがないじゃない」


はは、と笑った。私はそんなに器用な女じゃない。
すると、穂波くんは私の手首をぐいと引いた。ただでさえふらついていた足元がもつれ、私は穂波くんの大きな胸元に倒れ込んだ。


「な、なにぃ?」

「一人なら、障害とかないよね。……誘って、いい?」


最後の言葉は、耳元の、鼓膜に限りなく近いところで囁かれた。


「ふ、ふあ?」

「このチャンス、俺は潰したくない」


穂波くんの顔を見た。物凄く近くにある顔は、あの晩と同じ、私を誘って止まない表情を浮かべていた。
さあ、と酔いが引く。体の奥に熱が生まれた。

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