形なき愛を血と称して

ーー

トーストのみの簡素な朝食の後、リヒルトは朝霧が晴れない牧草地の空気を吸う。

主人と仕事が重なれば、さしものラズも外に出る。二階の窓から、隠れるようにしてこちらを見る女がいたが、リヒルトは気にも止めずに羊舎へ向かう。

藁が敷き詰められた囲いの中、身を寄せ合って寝ている羊たちもリヒルトとラズの足音で目を覚ます。

メェーと一鳴き。こいつらが主人を見て鳴く時は、必ず『餌』と言っているに違いないと、リヒルトは要望通りに餌を用意する。

牧草だけでは補いきれない栄養を含む、トウモロコシを原料にした餌は羊たちのご馳走だ。寝ぼけ眼も覚めきり、我先にと餌箱に集まり出す。

「ワンッ」

「し、しぃっ」

羊舎の外から窺う橙に近づくラズ。あれでバレないと思っているのか、「来ちゃダメ!」「離れて下さいっ」との言葉が聞こえる。

「……」

犬にも敬語なのかと思いつつ、この前産まれた子羊の様子を見る。

ストレスがないように他の羊と離し、親と一緒の柵に入れたがーーミルクの出が悪いようだ。

別の羊から採ったミルクで対応するかと、次の予定を考えていれば。

「メェー!」

「あわわっ、ごめんなさいっごめんなさい!」

羊に平謝りする女で、予定変更する羽目となる。

「何しているの?」

「あ、いえっ、あのっ、モフモフだったから、撫でようとして、そ、そしたら、怒らせてしまってーーごめんなさいっ」

食事の邪魔をするなと口を動かす羊に、尚も謝っていた。

「そうじゃなくて……。もう、ここにいる必要はないんだから」

『好きな場所に行けば良い』と昨日の言葉を呑み込む。

浅はかだった。女にとっては、見知らぬこの土地ーー世界で行く宛なんかないと言うのに。

その体を使えば、囲ってくれる男もいようが、折れた角に蝙蝠の羽が生えている時点で化け物扱い。人らしい扱いは受けない。


ーーかといって、女がいるべき場所さえも。


「お前は、何をしたいんだ?」

質問を変える。

「薬の精製方法を知って帰ったところで、お前の扱いは変わらないよ」

現実をつきつける。
成果を上げたところで、人扱いされてない奴だ。待遇が良くなるわけがない。

「それは……」

「分かるだろう?体に満遍なく、教えられたのだろうだからねぇ」

また、泣かれる。
そう見据えたが、雫が溢れる寸前、女は顔を上げた。

「私、気持ち悪いですか?」

だから、人扱いされないのですか。
言葉の裏さえも汲み取れる問いだった。

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