エンビィ 【完】
「どうして黒いドレスはないの?」
一着もないのだ、黒のドレスが。
紺はあっても黒はない。
多いのは赤、白、ピンク――――黒とは対照的な色ばかり。
初めて会った時も、2回目も、そして今回も。
ユキノは、黒いドレスだった。
それはユキノが好んでいるっていうのもあるかもしれないが、あたしは、ユキノが一番自分に合う色を知っていて、敢えてそれを選んでいるのかと思っていた。
このクローゼットの中身が、全部黒ってなら分かる。何千着も用意されているのに、黒が一着もないなんて……腑に落ちない。
伊織は、窓に顔を向けたままだ。
ゆらゆらと揺れる紫煙は、まるで先ほどのユキノのよう。
何かを眺めていた伊織は、伏せ目がちに笑みを零し、
そしてそのまま、
「黒のドレスは、俺の貢物だから」
零すように言い放った。
――――それを、面と向かって見られたら、どんなに良かっただろう。