ガラスの靴じゃないけれど
「あれは12月18日のことだったわ。仕事の父と別行動を取ることになった母と私は、フィレンツェからバスに乗って一時間ほどのシエナという街を訪れたの」
お店の名前でもあるシエナという言葉がお婆様の口から出ただけで、私の心臓はドキリと跳ね上がる。
「中世の面影を残したシエナの街並はとても美しくて、広場の露店ですぐに絵葉書を購入したわ。でもね。シエナの街は石畳の道が多くてね。その隙間にヒールが挟まって折れてしまったの」
ゲンさんのお店でパンプスが壊れてしまった時のことを思い出した私にとって、祖母の話はとても他人事とは思えなかった。
「パンプスのヒールが折れてしまって移動できない私はシエナの広場に残り、母は代わりになる靴を買いに行ったの。その時、ひとりの日本人男性が私に声を掛けてきたのよ」
その男性こそが、彼のお爺様で間違いないはず。
思わず叫び出したくなる衝動を抑えながら、まだ続く祖母の話に耳を傾けた。
「その男性の話を聞けば靴屋で見習いをしていると言うじゃない。私はパンプスを直してくれるという彼の好意に甘えることにしたの」