ガラスの靴じゃないけれど
真夏の時期に比べると、頬を撫でる風が少しだけ涼しいと感じる九月の夕暮れ時。
家の外まで見送ると言う家族の申し出を丁寧に断った彼は、挨拶を済ませると玄関を出た。
「駅まで行きます」
「いや。道順は憶えている。大丈夫だ」
少しでも長く一緒の時間を過ごしたいという乙女心を、彼はちっとも理解していない。
口を尖らせながら門に続くアプローチを進んでいると、彼が不思議そうに私を見た。
「どうした?」
不機嫌になった理由を、彼に正直に打ち明けることなどできない。
私は本音を隠すように慌てて口角を上げると、笑顔を浮かべた。
「何でもありません。それより今日はありがとうございました」
「いや。礼を言うのは俺の方だ。さっきも言ったがオマエには感謝している」
門へ続く階段を先に降りた彼は途中で足を止めると、大きな手を私に差し伸べてくれる。
まるでお姫様のような扱いを受けた私は、少しだけ恥ずかしく思いながらも彼の手ひらに自分の手を重ねた。
私はふんわりとしたドレスを着ているわけじゃないし、彼だって正装をしているわけじゃない。
でも、今の彼は間違いなく私だけの王子様だ。
生成りのシャツにブラックジーンズ姿の王子様なんて、世界中どこを探しても彼しかいない。