ガラスの靴じゃないけれど
「確かに私は期間限定のヘルプです。でも現場をひと目見ておいた方がいいと思ったから、昨日は自主的に」
「一条さん。ちょっとあっちに行って話そう」
「...はい」
私の言葉を遮った望月さんは、縁なし眼鏡のブリッジを細く長い中指でクイッと上げる。
望月さんの知的なその仕草は、ついヒートアップしてしまった私を冷静にしてくれた。
前を歩く望月さんの歩幅は大きくて、小走りをしながら後を追う。
エレベーターと自販機コーナーの前を通り過ぎ、廊下の角を曲がると望月さんは足を止めた。
「あんな寂れた商店街にひとりで行って、若葉(わかば)に万が一のことが遭ったら困るよ」
ついさっきまでは、私のことを『一条さん』と名字で呼んでいたくせに......。
望月さんは私の短い毛先を掬い上げながら、心配げな表情を浮かべた。
人の気配がないオフィスフロアの片隅で、望月さんが私の名前を甘く囁きながら気遣いを見せてくれる理由はただひとつ。
望月さんの彼女が、この私だから。