真夜中の猫

誕生

寛美と誠治は結婚した。
誠治の両親は大反対だった。誠治の父親は有名企業の支店長で、息子には良縁をと目論んでいた。そんなところにひょっこり現れた寛美は嫁としては失格だった。まず家柄が悪かった。親が離婚している娘への偏見があった。そこまでは許せたがそんな寛美に子供は育てられないと言われたのが一番ショックだった。
誠治はそんなことにも気がつかず、気がついていても親に反論できないのかタバコをふかしていた。
2人は社宅に住むことにした。さすがに猫は飼えないと、誠治が寛美の実家にさやかを連れて行った。
誠治は結婚しても何も変わらなかった。
いつもネットを見てパソコンにDVDを取り付けたり音楽を聞いていた。
寛美は少しづつ大きくなるお腹に愛着がわき、毎日お腹の子に語りかけた。立ち仕事でむくんだ足を揉みほぐしながら、胎動を感じてはお腹の子と遊ぶようにさすった。

8月になって寛美のお腹もかなり大きくなった。気分転換に買い物に行こうと誘ってくれたのは、看護学校からの友達のしのぶだった。車のシートを倒し苦しくない姿勢でシートベルトをしめた。
街は車が渋滞していたが、久しぶりにあった2人には話題がたくさんありすぎてどうでも良かった。
昔の寮での笑い話やしのぶの恋の話まで、1日ではしゃべりきれないと思った時、ふと、この近くに亮の会社がある事を思い出した。車は一寸ずりで周りの景色もはっきりと見えたと思った瞬間、寛美は亮をみつけた。
まだ10Mは離れているが間違いない、歩道で電話をしているのはあの亮だった。
しのぶも亮の事は知っていた。寛美のたじろいた様子で亮がいる事に気付いた。
信号は赤だった。
あの信号が変われば前に進み、亮の横を通らないといけない。
寛美は結婚した事も妊娠した事も亮には伝えていなかった。もう何ヶ月も連絡はしていなかった。なぜか見られてはいけないような気がして、信号が変わると帽子で顔を覆い深く潜り込んだ。亮の横を通った瞬間、視線を感じた。バックミラーで小さくなって行く亮はこちらをしっかりと見ていた。
突然、寛美の携帯がなった。亮からだった。
「今、通り過ぎただろ?」
「ばれちゃった?」
「何で隠れるの?」
「何となく、いろいろ変わったの見られたくなくって。」
「結婚したんだろ?」
「知ってたの?」
「妊娠も知ってる。」
寛美は黙り込んだ。
「いつ生まれるの?」
「9月25日の予定。」
「寛美の赤ちゃんか。かわいいだろうな。」
寛美はなにも言えなかった。
「俺も結婚きめたよ。」
「え?いつ?」
「偶然にも同じ9月。2週間前かな?」
「そっか。」
「そう。」
「おめでとう。」
「そっちこそおめでとう。」
「じゃあ、また。」
「うん。」
いつもメールだったので久しぶりに亮の声を聞いた。
衝撃的だったけど当たり前かとすぐに附に落ちた。亮が誰かと結婚したって何も不思議はない。心の何処かで寛美を待っていてくれているなんて、図々しい事を考えていた。
寛美は諦めるしかなかった。先の暗い結婚生活を受け入れ、お腹の子と歩んでいくしかなかった。

そして予定日通りに陣痛がきた。
寛美は自力で病院に行った。夜になって誠治がきた。生まれるのは朝方になるので眠っておくように説得し分娩室から追い出した。
一晩中陣痛に苦しんだ。もう体力の限界と思った頃赤ちゃんの心音が小さくなっていった。
「深呼吸して。心音が戻ったら出ますよ。」
鼻に酸素のチューブがつけられた。
弱くゆっくりになった心音は寛美の祈りと共に少しづつリズムを取り戻し、元気になったかと思った次の瞬間ー
おぎゃー…
元気な声で泣いた。間違いなく寛美の赤ちゃんだ。
やっと会えた。いろいろごめんね。寛美は次から次に湧き上がる感情で涙があふれた。まだ胎脂で汚れたその小さい手をにぎった。
「生まれてきてくれてありがとう。」
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