真夜中の猫

子猫

子供は女の子で鈴と名付けた。
鈴は感のいい子で何でもすぐにできるようになった。その反面寛美にべったり甘えているようなところもあった。ひとりっ子ではかわいそうだと思い、寛美はもう1人子供を授かった。今度は男の子で航と名付けた。
2人は仲が良く寛美にとっては何より大切な宝物だった。
寛美は毎日が忙しかった。
朝早く起きて朝食の支度をして、保育園の支度をして連れて行き、仕事に行った。仕事はなるべく早めに切り上げ2人を迎えに行った。たまに遅れて保育園の先生に頭を下げ、淋しい思いをさせた2人を抱きしめた。帰ると作っておいた夕食を食べさせ、風呂にいれ寝かしつけた。夜は次の日の食事の用意をしたり、掃除や洗濯をして深夜に眠った。
誠治はそのほとんどを何か理由をつけてやらなかった。休みの日も昼まで寝ているので、寛美と子供達3人でいつも出かけた。
家にいてもマイペースな誠治は子供に本も読んでやらず、パソコンの画面に向かい続けた。
子供が嫌いなわけではないようだった。子供達がパパのために何かすると褒めてくれた。自分が家庭の中心でないと嫌なようだった。
経済的にも出費のほとんどは給料のいい寛美が払い、誠治はお金がないといいながらも元々のブランド志向もあって、高い服や靴にお金をかけた。
寛美はだんだん生活が苦しくなり、誠治に家にお金をいれるよう頼んでも2ヶ月も続かなかった。
何とかやりくりしていると、どこで知り合ったのか保険の外交員を連れてきた。保険には入っていたが投資型の保険に入る話しがまとまっていて、契約に来られた。支払いは寛美の口座からだった。
うちが裕福だと勘違いしていた誠治は、6000万の家を買おうと言ってきた。
そして一番欲しがったのは、600万の車だった。
寛美には考えられない金額ばかり提示してくるので、さぞ溜め込んでいるのかと思えば、貯金は寛美より少なかった。
寛美は育児と仕事と家事におわれ、毎日身も心もすり減らしてやっているのに、誠治は何処かの裸の王様だった。
結婚して4年がたったが何も変わらなかった。
寛美は疲れていた。
でも疲れているわけにはいかなかった。
守るべき大切なものが目の前にいた。
寛美は誠治との離婚を切り出した。
「なに、突然そんな事いってんだよ!」誠治は声を荒げた。
「このままじゃ私はどうかなりそうで。そんな姿あの子達に見せたくない。私1人でもやっていける。お願いだから別れてください。」
誠治は全く聞き入れなかった。
寛美はアパートを借りて鈴と航を連れて家を出た。弁護士を雇い、離婚への調停を申し込んだ。事務手続きも調停への出廷も全て弁護士に依頼していたので、寛美は子供達との新しい生活を整えていた。
相手が聞き入れない限り調停は続いた。そして不成立となり裁判まで行われた。
それらの手続きも全て弁護士がしてくれていたが、長引けば長引くほど精神的にまいっていった。
それでも子供達が笑ってくれるだけで良かった。寛美は2人をいろんなところに連れていった。淋しい思いをさせないように家ではいつも明るくふるまった。
そして最初の調停から1年半、判決が降りた。
さすがにこの日は寛美も出廷しなければいけなかった。
久しぶりに見た誠治は頭もボサボサで髭も剃ってなく少し丸くなったように見えた。2人は目も合わさず判決を聞いた。
寛美への財産分与と親権が認められた。
あの惨めな日々が報われたのだ。
あの両親にも勝てたような気がした。
黒いスーツで身を包んでいた寛美は清々しい気持ちで裁判所を出た。
人生で始めて自分の力で大切なものを守り抜いた気がした。
晩秋の空はどこまでも突き抜けるように高かった。

< 21 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop