真夜中の猫

忘れ物

亮は海の見える式場で妻の百合子と盛大な結婚式行った。両家とも仲も良く友人達に囲まれた幸せな式だった。
誰もが祝福してくれる幸せな新郎新婦だった。
友人の中にはノブオも来てくれていた。
「お前は寛美ちゃんと結婚すると思ってたけどな。」
「意外だった?」
「まあ、めでたい事はめでたいんだ。結婚おめでとう。」
「ありがとう。」
亮はあの日、寛美の姿を一瞬見たあの日、結婚を決めた。
亮の中にもいつもしこりのように寛美がいた。
誰と付き合ってもふと会いたくなる時があった。
だがあの日、寛美はもう手の届かないところにいるような気がした。
もういいんだ、と諦める事ができた。
今の生活に何の不満もなかった。仕事も家庭も落ち着き、マンションの最上階から望む夜景は綺麗だった。花火が上がる時には同僚を招いてホームパーティを開いた。
お互いに趣味も持っていたし、干渉しすぎずいい関係だと思っていた。
子供はできなかったが2人で支え合えているとおもっていた。

ある日、亮は仕事で市役所にいた。駐車場に車を停めて歩いていると市役所の中から髪の長い女が出てきた。ビル風に髪をたなびかせつい目に止めてしまった。それは黒いスーツに身を包んだ寛美だった。
寛美は顔をあげるとすぐそこに亮がいるのに気が付いた。
声をかけたのは亮だった。
「びっくりした。こんなところで会うなんて。」
「こっちこそ。仕事?」
「あ、うん。よく来るんだ。寛美は?」
寛美は亮から名前を呼ばれて一瞬微笑んだ。
「私は戸籍課に。…離婚届けを出しに。」
「え?離婚?」
「そう。今日からシングルマザーなの。大変よ。」
寛美は笑い飛ばした。
「そんな事になってたなんて知らなかった。子供は?」
「2人可愛いのがいるよ。私の子。」
「そっか。何か手伝えることがあったら言って。ちからになるかわからないけど。」
「ありがとう。がんばるね。」
寛美は清々しく立ち去った。、
亮は呆然となりながらも我に帰り、仕事に戻った。
いつも泣いていた寛美が大人に見えた。相変わらず化粧っ気はなく着飾ってもいなかったが、亮の前でも自信に満ち溢れているような気がした。
寛美は幸せな結婚をして、妊娠して子供に囲まれた家庭を築いていたと思っていた。何が起こったのか。今、どんな暮らしをしているのか?子供は?気になり出したら止まらなかった。
その思いは日に日に強くなっていった。
家にいる時もゲームをしながら寛美のことを考えた。
「ただいま。」
深夜遅く百合子が帰ってきた。彼女はよく友達と飲みに行った。亮は別に咎めはしなかった。でも家で1人で過ごすのは辛かった。
毎年送られてくる友達の年賀状は子供を囲んだ家族写真が多かった。
亮は子供の頃、両親が共働きで家族団らんにあこがれていた。
しかし、今の自分は違う。自由な時間を持て余しているような気がした。
亮ははっとした。
さやかの事を思い出した。
いつも足元で寝ていた暖かい感触。
いつか子供ができたらさやかにしようね、と言った夜のことを思い出した。何か大切なものを忘れて来た気がした。
寛美に会いたい、寛美の家族とはどんなものなのだろう。子供達は…。いろいろと考えていると部屋の扉が開いて妻が顔を出した。
「先に寝るね。おやすみ。」
「あ、おやすみ。」
現実に引き戻された。
寛美は良くても自分はダメなんだ。百合子を裏切る訳にはいかない。
自分が寛美にしてやれる事はないんだ、してはならないんだ。
その夜は星のよく見え、北極星が綺麗にまたたいていた。
亮には見えていなかった。



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