聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
「さあさあ、逃げられませんよ」

全速力で駆けるから、カイはすぐに息が苦しくなってきた。

心臓の鼓動が全身でガンガン鳴り響き、恐怖と焦りで体がひどく冷たい。

意識を失ったリュティアの体温だけがあたたかく、場違いなほど健やかに感じられる。そのぬくもりに、カイは強くこう思った。

―守りたい…リュティアを守りたい…!

―どうすればいい!?

―弓さえ、弓さえあれば…!!

その時右手と左手の中に強い光が出現した。やがてその光が質感を持ち、左手にはずしりとした、右手には軽い感触を生む。カイにはそれがなじんだ弓と矢であると感覚でわかった。

なぜとかどうしてとか、思う暇はなかった。

カイは手にした光の弓矢で、振り返りざまヴァイオレットの心臓を狙い打った。

カイの腕を飛び出した矢は、寸分たがわずヴァイオレットの心臓のあたりに突き立った。

普通であれば息の根を止めるような一撃であった。

しかし――

どうしたことだろう。ヴァイオレットはまるで少しの痛みも感じていないというように、笑いながら突き立った矢を引き抜いたではないか。しかも、傷口からは血の一滴も滴らなかった。

「ここが心の世界であることを忘れていました。なるほど、念じる想いが強ければ武器も出せるのですね。しかしくすぐったい一撃ですこと。アハハハッ」

ヴァイオレットの高笑いが空に高く反響した。

みるみるうちに傷口がふさがっていく。何事もなかったかのように。カイはそれを愕然とみつめた。
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