純愛は似合わない
「……そう言えば社長室のホットコーヒー、やたらと美味しかったわよ」

「でもさぁ、その唇。火傷じゃないよね?」

観察力の鋭い男は面倒臭い。ここはノーコメントを貫こう。
ついでに朝に感じていた、自分らしくもない馬鹿げた緊張感も忘れてしまいたいところだが。

「私と話すと苛つくらしい」とだけ告げて椅子から降りると、ヒロはあれっ?というように首を傾げた。

「もっと聞きたいなぁ」

……煩い。

「あーあ、トイレ行こうっと」



6杯目のビールはトイレに行きたくなっただけで、美味しいくせに酔うことは出来なかった。

無駄に酒が強いのも厄介なもので。

酒に任せて前後不覚になったことも無いし、会社の飲み会でも介抱して貰う側では無くて、介抱する側。


ふう、と息をついて、個室から出ようとドアに手を掛けた瞬間、けたたましい女同士の話し声がした。
会社もカフェバーも、えてしてトイレというところは、女の嫉妬がトグロを巻いているところらしい。

「あのカウンターの女、ヒロさんと仲良いよねぇ」

「良く来てるじゃん。この間、美和達と来た時もいてさー。ちょーウザい、独り占めじゃん」

「ああいう、お嬢様くさい女って男に媚び売っててさ、イヤミな感じがするよねー」

「えー、お嬢様って。結構歳いってそうじゃない?」

化粧を直しながらの彼女達。話しは尽きにないようだ。
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