純愛は似合わない
いつからだろう。
速人の瞳が優しくなくなったのは。

いつからだろう。
上辺でしか笑わなくなったのは。


「早紀」

名前を呼ばれて、顔を上げると厳めしい顔をした速人と目が合う。

もう何年もこんな顔をした速人にしか会っていない。

「……速人お兄さん」

私がそう呼ぶと 「兄さんはないだろう。今更」と、 彼は心底嫌そうな顔をした。

そしてその表情のまま言葉を続ける。

「僕に断りもなく、母へ婚約を破棄したいと言ったらしいな」

……ああ、今日の本当の理由はこっちか。
忙しい週の半ば、ほぼ強制的な呼び出しを受けた理由に、ようやく納得がいった。

先週末、速人の母に呼ばれてランチをご馳走になった時のことだ。具体的な結婚式の計画を嬉しそうに延々と語られて、つい口をついてしまったのだ。

速人と婚約してからこの5年、美好さんはこの婚約について何も言わなかった。

だから大した罪悪感も持たず、美好さんと過ごしてこられた。

でも、幸せそうに息子の結婚について語る彼女を見たら、速人の母親なのだと嫌でも実感させられて、この期に及んでいたたまれない気持ちになった。


正確には、婚約を破棄したいと言ったのでは無く、結婚はしないかも、とお茶を濁したつもりだった。


「もう偽の婚約者なんて必要ないでしょ」

「寧ろこれからさ。独身の社長なんて、友野と血縁になりたい奴らの恰好の的だ」

「選り取り見取りで良いじゃない」

軽い調子で茶化すと、速人の口元が更に面白く無さそうに歪んだ。
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