純愛は似合わない
彼に貰った合鍵で、部屋に入ったことを後悔していた。

ソファの上で絡み合う2人のシルエットは、何をしているのかなんて愚問だったから。

『でも、知らずにいるよりずっと良いでしょ』


……私が話してるのも私なの?

私が私と対話している、奇妙な感覚に捕らわれた。


『ホテルの仕事も、恋人だった男も、失ったのに?』

『……手に入れたじゃない、速人を。ずっと欲しかったくせに。焦がれて焦がれて、それでも手に入らなくて』

『違う。こんな風になりたかった訳じゃない』

『本当に? あの時、光太郎ちゃんを失ったことより、これで千加ちゃんのものじゃなくなるって考え』

『違う!!』

もっと言いたいことはあるのに、口が動かない。

私は泣きながら、黒い闇を駆け出した。


逃げたい。
ここから逃げたい。早く。

遠くで私の名を呼ぶ速人の声が聞こえた。小さな光と共に。

私はそれにすがりたくて、光に向かって走り出した。



「……き……きっ早紀っ」

「…あ……」


身体中の水分が出たみたいに、グショグショして気持ち悪い。

速人は私の顔の汗を、冷たいタオルで拭き取ってくれたようだった。

「……うなされてたから起こした」

いつの間にか寝ていたらしい。

服も汗で張り付いていて……って、このパジャマへ着替えた記憶は無いのだが。

腕を挙げたまま、パジャマの袖口を眺めていると、速人の指先を頭に感じた。

小さな子供をあやすような彼の手のひらに安堵して、目を閉じた。

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