純愛は似合わない
私は、松中さんが入れてくれたコーヒーのカップに唇を押し当てて、ゆっくりと口に含む。

総務で飲んでいるものよりも、数段美味しいこのコーヒーに羨望を覚えた。

こんなコーヒーを朝っぱらから飲んでいたら、カフェに行くこともないだろう。

酒なんぞに頼らなくても、安らげるんじゃないないの?なんて他愛もないことを考えて、部屋の端にいる男から意識を飛ばそうとしていると、体の右半分に痛いほどの視線を感じた。

緊張を隠して視線の主を確かめると、頑ななまでに書類から目を上げなかった速人が、頬杖をついてこちらを眺めていた。


「……コーヒー美味しいわよ」

コーヒーカップを持ち上げ、何事もないような顔をして声を掛けると、速人は眉間に皺を寄せた。

「もう少し、他に言うことあるんじゃないのか?」

速人はゆっくりと自分の席から立ち上がり、ソファへと歩を進める。

表情は硬いままだ。

「お帰りなさいって、言うべき?」

「お前が電話に出ていたら、もっと早くその言葉を聞けたと思うんだけどね」

「生憎、知らない番号には出ないようにしているの」

速人は向い側のソファではなく、私が座っているソファの、それも膝頭が当たりそうなほど近くを陣取った。

「僕は一度も、携帯の電話番号を変えたことは無い。……僕のデータを消去したって、僕達の関係が消せるわけでもないだろう」

「何かイヤらしい言い方。朝から瀬戸課長まで使って、電話に出なかった文句を言いたかった訳?」

「瀬戸に頼んだのは、確実にここへ来て欲しかったからだ。待つのは性に合わない」

私は今日、何度目かの溜息を吐いた。
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