純愛は似合わない
翌朝、余韻を慈しむ暇もなく、速人は淡々と飛行場へ行く用意をする。既に迎えの車は到着していた。
その横で気だるい身体のまま、私も身支度を整えた。屋主のいなくなる部屋に、居続けたくはない。
「仕事が始まれば、日常に戻れる筈だ」
ネクタイを結ぶと、いつものようにシニカルな速人が顔を出した。
「……私の日常?」
自分の声が、やけに掠れて聞こえる。
「そうだ。いつもの早紀が戻ってくる。棘の無いお前なんて直ぐに摘まれてしまうだろ」
こうやって、と私の唇を食んだ速人は、口元で囁く。
「お前は僕の婚約者だ。慰めは見出だすな」
速人の言葉の意味が理解出来ず、彼を見詰めた時、彼のスマホが震えた。
迎えの車から2度目の連絡が入り、慌ただしく一緒に部屋を出たのだが。
ーー その車の中に彼女、敷島紫は乗っていた。
「速人さん、遅れてしまいますよ」
少し尖った口調で速人を急かす。
確かに車を待たせてしまったのだけれど、私を視界に入れない彼女に、違和感を感じずにはいられなかった。
「速人っ」
咄嗟に、速人のスーツの袖へ手を伸ばす。
皮肉にも、これが初めて速人の名前を呼んだ瞬間で。
何だ? と身体を傾げた速人の首に手をかけ、半ば強引に唇を合わせた。私を睨む冷たい目に、牽制球を投げたつもりだった。
「上出来だ、婚約者殿」
久しく見たことのないような笑みを残し、速人は異国の地へ赴いた。