10円玉、消えた
幸子は再び口を開く。
「商売屋の女房なんて苦労ばっかりさ。竜太郎、もしあんたがこの店継いだら、来るお嫁さんはホントに気の毒。こんな大変な思いするのは母さんだけで充分だよ」

なるほど、やっぱりそうか。
父さんと仲が悪くなってしまったんで、母さんは一時的な感情でそう言ってるんだな。
竜太郎はそう思った。

だが本当に考えを変えたフシもある。
それは、幸子のしみじみと語った口調から竜太郎は感じていた。
あれは一時的感情で言ったとはとても思えないのだ。



まあいいさ。
俺の将来は親や他人が決めるものじゃない。
俺自身が決めなきゃいけないことなんだ。
さっきの母さんの言葉は、半分は本気で半分は気まぐれ。
その程度に留めておいて、俺は俺で先のことはしっかり考えなきゃな。



竜太郎は一人っ子だが、一人っ子にありがちな“ひ弱さ”みたいなものは殆どない。
これは父親から、“自分のことは自分で決めろ、何でも人に頼るな”という方針を叩き込まれていたからである。
源太郎には、一人っ子だからといって決して甘やかさない、というポリシーが根底にあるのだ。



やがて、幸子との話しが終わると、竜太郎は自分の部屋へ戻っていった。

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