10円玉、消えた
「え?借りるときちゃんと言っただろ」
竜太郎は反論した。

「あれ、そうだっけ?」
と幸子。

すると横から源太郎が口を挟む。
「そんなことどうでもいい。とにかく竜太郎、それよこせ」

そう言って源太郎は懐中電灯をサッと奪い取った。
そして工具箱を手に持ち、ヒューズカバーのあるところまで移動する。

「おい竜太郎、こっちに来てちょっと懐中電灯を当てといてくれ」

「うん、わかった」

この時代のヒューズは、いまのようなレバー式になってない物がまだ多かった。
電力を一度にまとめて使い過ぎると、ヒューズ線という細い針金のような線が切れ、電気が落ちる。
その場合、カバーをドライバーで開け、新しいヒューズと取り替えなければならないのだ。

この作業を、源太郎は何の造作もなく済ませ、間もなく家は明るさを取り戻す。
暗闇に慣れていたため、最初三人は暫く目をシバシバさせていた。

「あ~よかった」
まず幸子が言う。

「父さん、スゴいね」
次に竜太郎がそう言った。
決してお世辞ではなく、素直にそう思ったからだ。

少年や子供たちにとって、電灯一つ取り替えることができるだけで、一目置かれた時代ならではのことである。

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