10円玉、消えた
源太郎は言った。
「こんなのどうってことねえよ。それにな、俺ぁ昔この店やる前に、電気製品を作る工場で働いてたことがあるんだ。だから電気のことはお茶の子さいさいだ」

その話は竜太郎には全くの初耳だ。
ラーメンを作る父が電気をいじる?
まるでイメージが湧かない。

源太郎は話しを続ける。
「だからラーメン屋をやろうか、そのまま工場勤めしようか、随分と悩んだもんだぜ」

「へぇ~」
竜太郎は感心しながら、父親にも自分と同じく将来に悩んだ時期があったんだな、と思った。

「同じ工場の仲間にゃ『そのまま勤めてる方がいいんじゃねえの』なんて言われたけどな」

「じゃなんでこの店やることにしたんだい?」

「そりゃラーメン作る方が好きだったからな。工場なんてのは流れ作業だからよ。一つの物を自分一人で全部作るってわけじゃねえ。それに俺一人欠けても代わりのヤツがいる。でもラーメンは違う。最初から最後まで、作るのは俺一人だ。俺がいなきゃ何にもならねえ。だからやりがいが全然違うんだよ」

ラーメン屋を始める動機を、源太郎がここまで詳しく竜太郎に語ったのは初めてだ。
父も自分でしっかりと道を選んだんだな、と竜太郎は実感する。

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