甘い唇は何を囁くか
問いかけに、答えるでもなく、まるで本物の彫刻になってしまったみたいに、目の前で彼は固まってしまった。

そんな馬鹿なと、罵られるのだろうかー。

また、お前のような子供の女が調子に乗るなと、怒るだろうかーー。

「…名は…。」

ごく小さな声で語りかけられ、遼子は前へと踏み出した。

「え、何、なんて言ったの?」

「…何という名だ、と言ったのだ。」

碧の瞳が、遼子を見据える。

遼子は、ドキドキと騒ぐ胸を抑えて答えた。

「私?…りょうこ、遼子よ。あなたは?」

どんな名前なのだろうかー、ミカエル、ウルスラ、アレックス…。

どんな名前も、この人の姿なら似合う。

けど、彼は、答えるでもなく、スイと視線を遼子から逸らすと、クルリと背を向けた。

え……??

困惑する遼子を置き去りに、彼は再び歩き出した。

「え、ちょ、ちょっとちょっと!!」

遼子は思わず言い、彼の背に駆け寄った。

白いシャツを掴み、足を止めさせる。

渋々、というように彼は振り返った。

「…何だ。」

いやいやいや!!!!

何だはないでしょ、何だは!

ここで何してたの?
私のことが好きなの?

あなたの名前は何ていうの?

質問に、何ひとつ答えていないじゃない。

ーーそう、問いたいのに碧眼に捕らえられたみたいに喉に言葉が詰まって出てこない。

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