叢雲 -ムラクモ-
左手を握られてるせいで動きにくいが、体をひねりつつ右手を北川の頬に添える。

それに少し驚いたのか、ぎゅっと目をつぶった北川の肩がピクッと揺れた。

花火をバックに目を閉じて、ゆっくりその唇に触れた。

まだ鮮明に覚えてる、一週間ほど前に海で触れた感触と何も変わっていなかった。

こっちが押せば柔らかく押し返してくるし、少し目を開ければ顔全体を朱に染めた北川を見ることができる。

少しして、左手を握る力が強くなった。苦しくなったんだろう。

一度唇を離してやると、北川は目も口も同時に開けて、少し荒い呼吸を繰り返した。

「アホか。うまいこと鼻で息してろ」

「無理だよ……っ。なんか、キ、キスされると何も考えらんなくなっちゃって」

「慣れろ」

「無理!」

「無理じゃねえ。……俺が慣れさせてやるからな」

「え……」

反論のスキは与えず。

花火はクライマックスになっていたが、俺はまた北川にキスをした。

驚いて目を開けている北川と目を合わせて、閉じろと訴える。

伝わったのかただ単に恥ずかしかったのかは知らないが、北川は慌てて目をつぶった。

俺もゆっくり目を閉じて、北川が頑張って息してるのを感じる。

正直、触れるだけじゃ足りなかった。何がと言われても答えられない。

人間は求めていたものを手に入れるとその上を求めるとどっかで聞いたが、おそらくそれだ。

だが果たしてこの先に進んでもいいのか。

俺の頭の中で、天使と悪魔が戦争を始めた。
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