よりみち喫茶

そのメニューは、仕込みの段階から特に気持ちを込めて作っているため、わたしの中では特別なメニューだ。

だからこそ、そのメニューに目を止める人もまた、わたしの中では“特別”なのだ。

またメニューに落ちた視線が、吸い寄せられるように同じ場所に向かう。

しばらくの間、またジーッとメニューを眺めていたその人は、ようやく顔を上げて言った。


「じゃあ、それをお願いします」


柔らかくて耳に心地いい低音と、品のいい笑顔。

優しげな風貌のその男性は、まとっている雰囲気もまた柔らかくて優しげだった。


「はい。少々お待ち下さい」


一礼して体の向きを変えると、カウンターの中を進んで、奥にあるカーテンをくぐった。


「……誰か、きた?」


軽食を作るときのキッチンや、洗い物をする流し台、ちょっとした休憩スペースにもなればと飾り気のないテーブルとパイプ椅子を用意してある部屋の中、一番奥に膝を抱えてうずくまるようにしていた小さな人影が恐る恐る顔を上げた。
< 10 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop