甘い恋飯は残業後に


わたしは観客席の階段を下りて一度球技場の外へ出てから、スタッフらしき人に更衣室の場所を聞いた。どうやらここから左側に回った所に入口があるらしい。

外を回り、恐る恐るそのドアを開けると、廊下で荷物の片づけをしていた選手数人と目が合った。明らかにわたしは場違いで、あちらも怪訝な顔をしている。怯みながらも第二更衣室を探すと、それは手前から二番目にあった。


「おお、来たな」

兄貴は傍らに女性ふたりをはべらせながら、スポーツドリンクを飲んでいる。

何とも、いいご身分ですこと。


「もしかして、千里妹?」

室内を軽く見回していると、そばにいた三十代前半ぐらいの男性から声を掛けられた。

「ええ……そうです」

「おー! 本当に呼んでくれたのか、千里!」

「当たり前じゃないっすか」

兄貴の様子から、この人が『例の先輩』だとわかる。


「いやあ、今日は来てくれてありがとう!」

「いえ……」

握手でもされそうな勢いに圧倒され、少し笑顔が引きつってしまった。わたしを呼んでどうしたいのかはわからないけど、兄貴の手前、無下にも出来ない。

わたしはその先輩に軽く会釈をしてから、兄貴のところへ近づいた。そばにいた女性達もわたしが千里の妹とわかったからか、さっきまでの敵意剥き出しの視線はもう引っ込めている。


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