甘い恋飯は残業後に


「……ええ。兄貴……兄に『来い』って言われているので」

「ああ、そういやそんな話してたな」

わたしの真横にあったベンチに難波さんの荷物が置いてあったらしく、彼は「ちょっと失礼」と言ってそれに手を伸ばす。ふわりと、彼のシャンプーか何かの香りが鼻を掠めた。


何故か胸の辺りが小さく、さわさわと騒ぐ。


「……あの、どうして言ってくれなかったんですか?」

わたしはその妙なざわめきを消そうと、気を取り直して難波さんに本題をぶつけた。

「ん?」

「兄と、一緒にサッカーしてたってこと」

彼は「ああ」と言って、居心地の悪そうな顔をする。


「桑原が、仕事がやりづらくなるんじゃないかって、俺が勝手に気を回したんだ。別にやましいことがあって隠していた訳じゃない」

難波さんは頭を拭いていたスポーツタオルを首にかけ、わたしから視線を逸らすように荷物整理を始めた。


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